倉庫

□電動の箱から、あなたの元へ。
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 × ×  ×

「……あー、ごめん。電波が悪いのかな、理解できなかった」

ある女子高生は、見慣れた自室のベッドの上に寝転びながら電話の向こうで話す友人に頭を抱えた。
時刻は夕方――といっても、外は暴風雨が吹き荒れ、すっかり夜の暗さである。ガタガタと、玄関にかけた表札の板が風で揺れて、壁に何度もぶつかっている。

「で、なんだって?異世界転移?――なろう系の新作小説に、新たな沼でもあったの?――うん、うん…………ん!?」

女子高生は笑顔のまま首を傾けた。

「…………色々突っ込みどころが多すぎて、どこから触れればいいのかわからないんだけど」

具体的には、旅行先のホテルのエレベーターで異世界へ行くためのお呪いを試すなとか、しかもそれをホテルついてすぐにやるなとか、なんで一回目に失敗した時点で諦めないんだとか、それもなんで五回も試したんだとか、なんでそれで記憶が飛んで気付いたら山で倒れてたんだとか、見知らぬ男性(しかも言語がわからない)にホイホイ着いていくなんてとか、何故そのまま何事もなくお世話になってるんだとか、なんで異世界に行けたなら電波が通じてるんだとか……まだあるが、代表的にはこんな感じだ。

「念願叶い、たどり着けて良かったね――で、そこはなんの世界?場合によっちゃ、即詰みからの即死コースなデッドオアアライブの世界……まて、そうじゃない!ボケろとはいってない!」

果たして何をどうボケたのか、直接通話を聴いていない限りどうにもわからない。
雨宿りをしにきたのか、部屋に迷い込んだ小さな蛾が、ぱちぱちと電球に体当たりを繰り返す。

「ボケじゃないんかい!判りづらいわ!……じゃなくて。大丈夫?言葉通じないんでしょ、変なことに利用されないように……そう、日本じゃないことは確かなんだろ、だから常に危機感を――いや」

平和な性格のこの友人に、「常に危機感を持って」行動する、なんて要求し過ぎではないか。
馴れない環境で緊張しているだろうに、これ以上無理をさせては心身ともに疲労させてしまうかも――そう考えて、女子高生は口籠る。
実際には、相手はそこまで弱くはないし、かなり楽天的に事態を捉えていて――しかも事態は割とよい方向へ向かっているのだが。

「いや、嘘嘘。あ〜、うん。程々に頑張ってね。充電も難しいようなら、連絡も必要最低限に――使ってた?携帯を!?」

目を丸くし、声を裏返らせた。
もしそれが、一切知らない他国になぜか偶々飛ばされたと言うなら、助けられるうちに助けたい。だが、本当にそんなことあり得るだろうか。

「文字は?少なくとも英語じゃないんでしょ?
円とか直線の組合わさった……ロシア語とか?あとは韓国語」

どちらにせよ嫌な将来予想しか成り立たない。
アラビア語では無さそうだということがせめてもの救いだろうか。

「違う?でもオーソドックスなのはここら辺……――そういう大事なことは先に言えっ」

またも女子高生が頭を抱えた。

「見覚えがあるなら、やっぱりメジャーな言語……?黒丸もある?片仮名に似た文字って……いやいや、まさかねぇ」

韓国語でなく、それでいて片仮名に似ている文字。そして、本当に相手が異世界にトリップしているとして、もしそれが彼女の望む「二次元」なら――。
女子高生の頭に浮かんだのは、とある漫画のキャラクターブックに付録として記載されていた、あいうえお表。
まさか、と思う反面、昨日彼女から送られてきたメールの内容を思い出し、背中が泡立つ。

「……今、手元に持ってきたものある?もしかしてその中に――」

相手の返答を聞いた女子高生は、更に重くなる頭をかしかしと掻き毟った。

  ××  ×

クラピカが山小屋に着く頃には、既に日が沈んでいた。
以前よりは大分速く行き来できるが、友人たち――特に、自分より三つは年下の二人――の動きにはまだ及ばない自覚がある。
山小屋の入り口には、腕を組んで仁王立ちをしたイズナビが待ち構えていた。その表情には、疲労と怒りを見て取れる。

「おっせぇぞコラ!何が昼過ぎには着くだろう、だ!すっかり夜だろうが!しかもテメエ、携帯の電源切っただろ!」
「ああ、すまない。用事が思いの外手間取ってな」

一切悪びれる様子なく、当然の様に語るクラピカに、イズナビは肩をわなわなと震わせる。

――すまない、なんて一辺たりとも思っちゃいねえくせに!相変わらずスかしてやがる。

だが、目下の問題はそれではない。
クラピカは、イズナビの背後に控える古びた平屋建ての山小屋を見る。正確には、その窓の奥からこちらを見ていたお下げ姿の少女を――だが。
少女は、クラピカと目が合った途端に肩を強張らせ、サッと梁の向こうへ身を隠してしまった。

――まあ、本当に彼女が稀人ならば、そのうちわかるだろう。

もしそうだとすれば、雇い主へのかなり高級な手土産となる。――彼女は、コレクションを丁寧に、大事に飾るそうなので、悪いことにはならないはずだ。
稀人でないときのための保険として、入手難易度Aにされていた品物は、確保できている。むしろ、確率としては「そうでない」方が高い。
稀人であっても、もし本当に念を習得しているなら、V5に保護を求めた方が、こちらとしても安全だろう。
そんなことを考えられているなんて、露ほども予想していない稀人の少女は、電話相手の予想したこの世界の正体と、窓の外に見つけた金髪・黒スーツの少年について、ひたすらに夢想するばかりだった。

  ××  ×

今が夏休みで、これほど良いと思ったことはない、と女子高生はしみじみ感じた。
時刻は十九時を回り、下階にあるキッチンからは、彼女の母が調理する夕飯の、腹の虫を誘うよい匂いが漂ってくる。
そろそろ皿を運べと呼ばれるのではとびくびくしながら、携帯のボタンをカチカチと連打する。
メールの送り先は、飛んで行った友人と共通の友人の一人だ。自分より先に連絡をしたと先程聞いていたので、直ぐに連絡が来た。
飛んで行った彼女との会話の内容は、「本当なのか、大丈夫なのか」だとか、「羨ましい、私も連れていけ」みたいに茶化す内容だったそうだ。
もしかしたら、飛んで行った行き先は――という内容で送ると、今度は電話に切り替わった。
話の中身は、要約すれば「今度二人で集まって、検証をしよう」というもの。更に言えば、「もしそれが本当なら、一刻も速く他の登場人物との意志疎通を試みよう」という話だった。勿論、会議の際は、向こうの彼女もテレビ電話で参戦させる、という結論でまとまる。
場所は、女子高生の自宅のリビング。問題の世界であると予想した作品の原作全巻は彼女が所持していた。一応当日は、レンタル屋で纏めてアニメ化作品を借り、今の電話相手と女子高生で料金を割り勘しようということにもなった。本来なら、向こうの彼女も払うべきだが、支払い方法がないのでは話にならない。

「日程は?いつやる?」
『こっちはいつでもいいよ〜、そっちの都合の着く日で』
「……」

都合の着く日、とはまた大雑把な。
壁にかけられたカレンダーは、殆どが祭りや旅行で埋まっている。

「あ、明日空いてる」
『明日ね〜、了解』

あっさりと承諾を得た。飛んで行った彼女には、あちらから連絡を取るという。
……そんなわけで、ファンタジー溢れるリアルな痛々しい女子会が、幕を開けようとしていた。
雨音を背に、ひっそりと騒乱の予感が水面下で動こうとしていることに気づいている者は、今のところどこにもいない――。



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