Fe=x 大人≧x≧子供

□弐、二日月
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――side審神者

木登りは、得意な方だと自負している。
だからといって、梯子無しで本丸の屋根まで登るのは流石に大変なものだった。背中に拡声器なんて背負っていたら尚更。
……いい天気だ。
絶好のピクニック日和ではあるが、私の手元にあるのは保存のきく乾パンと生理飲用水であるのが些か残念だけれど。
そういや、昔家族同伴で何処かへ遠足にいった気がする。
あれはいつだったか、どこだったか何て、もう覚えてすらいないけど。
二つ食べ終えて、一息つく。腕時計を見れば、時刻は十一時。
まだ昼飯時には早かった気もするが、この後を思えば今しかタイミングはない気もする。
ん〜、と伸びをしてから立ち上がる。よし、仕事頑張るか。

……ってなわけで。

炙り出しましょうか、愚かなわんわんたちを。

×××

――side???

『この本丸の全刀剣に告ぐ。
三日月宗近、鶴丸国永、そして、新たに今剣を審神者部屋にて拘束した。
無事に返してほしければ、一時間後までに全員雁首揃えて私の前に土下座しに来なさい。
私が直接使わない寝室まで改築してやったというのに、約一名を除き、誰も礼を言わないどころか、姿すら現さないとはどういう了見か!』

本丸中に響いた、機会を通したその声は、幼いものだった。
兄弟が捕まった――。
その事実に、私は背中が泡立つのを感じた。
これが、殺気立つということか。
幼い少女と容赦をかけていれば、なんと思い上がったことを言うのか。

「やっと一人来たか」
「……勘違いしないで頂きたい。私は、土下座などをしに来たわけではない」

少女は無表情のままに首をかしげる。

「では、何をしに来たと?」
「貴方を……討ちに、来た!」

×××

――side審神者

白く豊かな髪を逆立てながら私を睨む姿は、確かに肉食の狐か。
まあ、狐も犬科だし、わんわんであることに代わりはないか。

「私を討ってどうするのです?本丸は審神者がいなければ機能しませんし、審神者が居なくても審神者部屋の結界は機能しますよ。あなた方は損しかしない」
「私たちは刀剣だ! 損得だけで生きているわけではない!」
「どうだか」

屋根の上から、真剣を向ける小狐丸を見下ろす。

「それとも、こんな子供をなぶり殺す高尚なご趣味でもお持ちになられていらっしゃるのですか?」
「ふざけるな!」
「ふざけたつもりはありませんよ。可能性を列挙しただけです」

本当にそうだとしたら、今頃この本丸はジルドレも真っ青な殺戮の館と成り果てていただろうが。
今私が屋根から降りれば切りつけられることとなる。
痛いのは多少平気だが、怪我をするのはいただけない。治すのに金がかかる。
今のこの本丸の財政状況で、それはいただけない。

「ということで、働き手を探しているんですよ。お金がなくちゃ何もできないですからね」
「か、金を得るためだけに兄弟を拐ったというのですか!?」
「便利な作りをされている貴殿方付喪神と違って、食糧がなければ私は餓死してしまいますからね」
「それならば餓死でも何でもすればいいでしょう!」
「いいでしょうって……頭大丈夫ですか?
ここは本丸、貴殿方は刀剣で、私は審神者。本丸と刀剣が通常活動するには、審神者の管理が必須です。その事を踏まえて仰っているのであれば、あなたのおつむはゼリーの如く弾力性に富んでいて、皺のひとつもないのでしょうね」
「っな!馬鹿にしているのですか!?」
「そうですね。でもそれだけじゃないですよ」

ちらりと彼の背後を見ると。

「どうやら無事に縄脱けに成功したようですね」
「は、いきなりなにを言って……」
「いやいや、俺も苦労したぜ。まさか主、あんた最初からこうなることを知ってたんじゃないか?」
「鶴丸ど……うわあっ!?」
「悪いな、小狐丸。さすがに二人で演練五連勝は難しいからよ! ははは、驚いただろう!?」

小狐丸の後ろから、鶴丸国永が、私――審神者――しか切れないように呪を掛けた網を投げつけた。

「そんな、まさかこの為だけに縄と網を……」
「そのまさかです。本来なら墜ちた刀剣の確保にでも使うための縄と網ですよ?備品として万が一のために倉庫に幾つか眠っていたからいいものを、本当はその網だって呪具ですから、単価十万いくかいかないかですよ。一切の怪我無く貴殿方を引っ捕らえるにはこれが一番効率的かつ安全なんです」

演練に行く前に、こんなことをしようとは更々思っていなかった。
だが、三日月宗近に加え、鶴丸国永の協力を得られるにあたり、私も少し欲が出た。
演練に参加するだけでも多少の資材と給金は出る。だが、これから忙しく働かなくてはいけない私が、それだけで生計を立てられるわけがない。
幸いながら、三日月宗近と鶴丸国永の戦いぶりを見る限りこの本丸の刀剣の錬度は標準より高いようだった。
ならば演練でS判定で五連勝を狙うのは当然だ(と思う)。勿論、協力者へ相応の対価は払う。つもりだ。
今はまだ何をするにせよ資金が無さすぎる。なので、より効率よく資金を得るためにも協力者の更なる確保は必須、そう考えたのだ。
囮に一匹目、海老と鰯で鯛を釣って二匹目。
あとできればもう一匹、午後の部の演練申し込みの締め切りが来るまでに捕まえたい。
そう、例えば打刀とか……。
そう考えていた私の目に、ふと向こうの気が止まった。

「鶴丸国永」
「ん〜?」

さっきまで自身の手首を結んでいた縄で小狐丸を縛り上げる鶴丸国永を見下げる。

「網を渡しなさい」

鶴丸国永の手には、一応だろうが捕縛用の網も持っていた。
 三日月宗近がここにいないのは、今剣の監視のためだろう。

「おお、またなんか見っけたのか?」

投網の要領で投げつけられた網をかわしながらキャッチ。
そしてそのまま、同じく投網のやり方で二人の後ろに植わる広葉樹にリリースした。

「うわっ、なんか降ってきた!」
「ちょっ、なにこれすごい絡まるんだけど!?前髪ぐちゃぐちゃ!」

見事、私の勘は当たったようである。
棚からぼたもち、木から刀剣。暫く木の上でごちゃごちゃと騒いでいた輩は、混乱の末に悲鳴と共に地面に墜落した。

「すげえな、主。百発百中じゃねえか、驚いたぜ」
「まあ、赤いマフラーがチラチラ枝の陰から見えてましたからね。まさか二人いるとは思いませんでしたが」
「一石二鳥だな」

 それは、打刀の二振り。
 加州清光と大和守安定だった。

「一網二振……一網二匹、ですかね?私には赤いチワワと青いポメラニアンがじゃれているように見えます」
「判らなくない気もするなあ、そしたら小狐丸はどうだ?」
「狐は狐じゃないですか?小さくはないですが」

狐も犬の仲間です、というと鶴丸国永は納得したようだった。

「俺には、屋根の上で黒猫が日向ぼっこしているようにも見えるがなあ」
「にゃんにゃん、今度はにゃんだか演練に行きたくなったにゃん。お金稼ぎたいにゃん」
「おー、似合ってる似合ってる。じゃあ今剣と三日月回収してもっかい行きますか」
「振っておきながら雑ですね。そんなんじゃ、ナポリタンスパゲッティとカレーうどんを一気食いさせて漂白剤なしで洗濯を全て自力で洗濯させますよ」
「……そいつぁ嫌だな」

本丸の屋根から、セラミック製の梯子を掛けて慎重に降りる。軽くて頑丈なことは大切だ。
呆れ顔の鶴丸国永に、まだ網と格闘する二匹を運ぶように指示した。
私は小狐丸を繋いだ縄を握り、審神者部屋へと先導する。
まず部屋に戻ったら、新たに捕まえた五匹の調教をしなければと思うと、その煩わしさに思わずため息が出た。


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