Fe=x 大人≧x≧子供

□参、眉月
1ページ/5ページ




縛り上げられた四振は、怯えた眼差しで私を見上げた。
右から順に、小狐丸、今剣、大和守安定、加州清光がいる。
どいつもこいつも、私へ恨みがましい眼差しを向けてくる……人為的とはいえ、一介のカミサマどもに恨まれる身とは、ぞっとしない。
手首を、特別な呪術を施した縄で並べて結ばれた彼らは、今のまま一人転べば全員同じ目に遭うだろう。
見てみたい気がしないでもないが、そろそろ二時も過ぎるので、演練へ向かわねばならない。

「しかしまあ、なんとも拍子抜けですね。今剣を引っこ抜いたときは、これで岩融が来たら対処に困りそうだと楽しみにしていたのですが」
「主、その『対処に困る』の主語は一体誰を想定してるんだ……? いや、それより。なぜ岩融の名が出る?」
「鶴丸、恐らく主は俺達が困るところが見たかったんだろう。それでもって、岩融は、今剣と大変仲が良いからなあ、薙刀を戦力に加えて挑みたかったのだろう」
「ええ、私の投網で引っ掛かった巨漢を、私を試そうとした愚か者若干二名がひいこら言いながら部屋まで運び込む姿を楽しみにしていたのですが、残念です。
それに、刀装もまともに作れない今の状況に、薙刀か槍が居ればわりとましな方へ転じたと思うのですがね。これもまた大変遺憾に思います……」

手元の端末から目を離さないままに、下僕二匹の漫才に加わる。
大変遺憾に思う、というのは、前任審神者の過去ログの総浚い(ただし斜め読み)だ。
ほとんどの記録は閲覧制限にかかったり、鍵付きのために覗けないが、刀帳にはアクセス可能だった。
加えて、私が任命された時に覗いた過去ログ。そこから、一つの事が解った。
――この本丸に、岩融は居ない。
居たには居た、という方が正確だろう。
数年前の物らしき記録には、「岩融…刀解」と記されていた。
刀剣破壊ではない、刀解だ。
つまり、前任は自ら岩融を死に追いやった。
しかも、更に詳しく調べれば、その岩融が錬度五十以上もあった事が判明した。
あきらかに、作為的であり、悪意のなせる技だ。
大方、今剣の身代わりにでもなったのだろう……。
他にも、どうやら同じ時期に一斉に出現率の高い短刀や脇差が刀解されていた。
その中には、錬度の高い者もそこそこに見受けられる。
同時期と思える鍛刀の記録はあまり残っていないため、それこそ一気に刀解したのだろう。短刀や脇差といえば、粟田口だが、やはりその刀派の者が多い。
だが、岩融が刀解されていて、何故一期一振の名が記されていない……?
刀帳には載っているが……、仕方がない、今は目の前のことを考えよう。
 私は端末を置いて、再び捕虜と向き合った。

「改めまして、おめでとうございます。貴殿方は、晴れて私の捕虜となりました……言い忘れていましたが、私は、この本丸での生活で、陣取りの戦争をすることにしました。勿論、死傷者を全く出さない無血開城です。貴殿方この本丸の刀剣は私に刃向かいました。ならばこれは内乱、この本丸という一個の孤立した『国』での戦争です。ですので、先刻の私の宣言は、そのまま、挨拶代わりの挑発兼宣戦布告とお受取りください」
「……ちょっと」

険のある語調で睨み付ける加州清光。
先程まで無言を貫いていた彼らだが、いきなり一人が私に話しかけてきたことで、剣呑な空気が更に重くなる。
隣に座る大和守安定はおろおろと、私と加州清光の間の空気に視線を泳がせる。
対して他の捕虜二人は、さして気にしてはいないようだが。
背後から、下僕の内のどちらかが立ち上がる気配がした。恐らく、三日月宗近。
この剣呑な空気を放つのは、そいつくらいだろう。犬め。

「何ですか、加州清光? 厠ですか?」
「人間じゃないからね。ある程度は飲まず食わずでやっていけるから、全く的外れだよ……そんなことより」

ぐ、と彼が手首を胸の前まで持ち上げた。
吊られて他三人も手を上げる。

「これ、外してくんない?手を傷つけたくないんだよね」
「素直に捕虜に逃げられたいと思う馬鹿な戦犯がいると思いますか? 丁度ゴム手袋を買っていたので、それでも着けていてください。新品ですよ」

私は、大量に注文していた掃除用具の入っている段ボール箱を押し入れから引っ張り出すと、割りと上に入っていたお徳用ゴム手袋(ピンク)を取り出す。

「こんなのですが、宜しいですか?」
「……やっぱいいや、それ着けるくらいなら大人しくしてる」
「それは重畳」

箱を戻した。
捕虜達へ「他にご質問は?」と問うと、「あのー……」と、大和守安定がおずおずと私を見た。

「俺たちこれから、どうされるの……?」
「そうですね……」

捕虜を手荒く扱うのは、ルール違反だ。
ならば、これから無理に演練へ連れていくのは、私のポリシーに反する行いではないか?
ならせめて、最低限自由意思での決定の余地を残すべきだ。


次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ