Fe=x 大人≧x≧子供

□漆、七日月
1ページ/7ページ


「現世へ返品おめでとうクソガキ」
「返品ではありませんよ。そちらこそ昇格試験に落ち続けているようで何よりです、政府のお犬様」

朝早い道場の床は冷たく、空気は重く静まり返っている。
ここは、私があの本丸への所属が決まるまで通いつめた場所。懐かしい、とかいう感慨とかは一切ない。
前に来たのは僅か二ヶ月半前の事だ。
目の前の女を見る。見た目三十路半ばのたれ目の顔は一見して優しそうな雰囲気を醸し出す。だが、緩くカーブを描く色素の薄い天然パーマをベリーショートにしているため恐ろしく髪型が似合っていない。私と同じく真っ白な胴着を着込み正座をしているが、その腰に巻かれた帯は黒く、彼女の実力を表している。
私の師でもあるこの女、こんな顔で「鬼教官」と数々の教え子たちを泣かせてきたのだ。そして、私にとってこいつは天敵である。
百五十二センチと小柄ながらも一度拳を振るえばどんな巨漢の男より重く鋭く空を切り、その小さな口を一度開けば息をするように火炎を吐き出す。誰が呼んだか「メスゴジラ」。聞けば私以外にも敵は多いようだ。

「こちらについて早々お色直しとはずいぶん羽振りがいいようだな。本丸で一山当てたか?」
「そもそも人工的に作り出された異空間内で一山も二山も当てようがないでしょう。センセイ、もしやこの短期間に耄碌なさいましたか」
「冗談をまともに受けると身が持たんぞガキンチョ。
どうせそのお着替えだって、金も身寄りもない貴様にお国から実験目的で無償配布された物なんだろう。ヨチヨチ歩きの貴様には、政府が衣食住の何から何まで世話を見ないとすぐに野垂れ死ぬだろうからな……いや、死ぬのではなく、殺されるのか」
「……それを言えば国民全員、無論あなたも同様でしょう。この国で生き延びるには、一に政府二に政府、三に政府で四が家族と相場が決まっている」
「おかしいな、物心つく頃からひたすら政府にしがみついていた貴様がそれを言うか?つまらんジョークだ、センスの欠片もない」
「あなただけには言われたくありませんよ。それにこんなの、なんの冗談にもならない、ただの現実です」
「ただの現実ね、実感したこともない青二才が言う言う」

メスゴジラは肩を竦めて鼻で私を笑う。
本当に嫌いだ、どうしよう笑える。眉間に寄る皺と自然につり上がろうとする口角を抑えながら、睨むわけでもなく相手を見る。
こちらに戻ったのは二日前。来たくもなかったこの場所に自ら赴いたのは、霊力に伴い新調されたお着替えの調整兼体ほぐしといったところか。
いつか誰かが言っていた、「たまには最高の実力を出さないと、力は劣ってしまう」と。例え中身が成熟していようと側が幼児では、この人くらいしか全力で相手してくれはしない。

「気に食わんな。つまり私は貴様の実験台となるわけか、実に気に食わん。そんな腕試し程度で私に声をかけたのか。
実に不愉快、お陰でこちらの興も冷めた……だが必要な手順であることは認めよう。代わりに私のお気に入りと存分にヤり合え。治療費は払おう」
「珍しい、あなたが戦いを投げるとは。しかも、あなたにとっては遊びとそう変わらぬものを」
「遊びだと?ぬかせ。貴様のようなクソガキを叩きのめすのが私の仕事だが、私では熱が入り、やり過ぎるからな。お前のための選手交替だ。少しは師である私を尊べ」
「そういうところが好かないのです」

彼女が懐から取り出した端末でどこかへ連絡をする。
するとすぐに、入り口の向こうから声が聞こえてきた。


次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ