夢に溺れる。
□四。沈殿
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最初に感じたのは、強い焦燥感。
何かに追われているという状況は、すぐにわかった。
(見てしまったから……。
ああ、こんなことになるならあんな場所、行かなければよかった!)
女性の足がもつれる。
暗い路地を、正体不明の何かから必死に逃げ回る。
個性であるワープを何回か使用し、東京からここまでは順調に逃げ出せたというのに、まさか気付かれたなんて。
脳裏に映る、人ではない巨大な影の群れ。
醜いそれらはみな一様に頭蓋骨から脳みそをさらけ出し、ぎょろりとした焦点の合わない目で空中を見ていた。
翅が背中から生えた物もいれば、ただひたすらプロレスラーさながらの巨体を持っていた物、いずれにせよ一つの個性だけによる身体の異常変形には見られなかった。
そのどれもが、きれいに壁際に並べられ、体中に管をつけられていたのを、はっきりと覚えている。
あれは全て――元人間。
背筋を這う様なゾッとする感覚が、私と彼女でシンクロした。
……問題ない。バイタルの協調は安定している。
どこか私の冷たくかたい部分が、この状況を分析する。
一方で、早くなる鼓動に押し潰されそうになりながらも足を止めない彼女そのものが、私の精神の中に、形成されていくのが分かる。
私は、きっと殺される。
けれど、伝えねば。誰かにこれを伝えねば私は死ねない……!!
手に持った一眼レフカメラを握る。
確かに、ここに収めた。彼らの姿も――!!
大きな通りに出る道に差し掛かった時、繁華街の光を逆行にこちらへ歩いてくる一人の人間の姿を見た。
「ちょっと、どきなさいよ!!」
「ああ、悪い」
ドン、と肩が互いにぶつかった。そう思った瞬間、左の手首に強烈な痛みを感じた。
「痛っ……ちょ、離してよッ!!」
「悪いな……本当、これはあんたが悪いんだぜ。アレを見ちまった奴を、おめおめと返すわけにはいかない」
男の地を這うような絶対零度の声音に、女性が固まった。
この男は、さっきの奴らの仲間……!?
ただ握られているだけでは絶対に感じえない痛みが彼女の左手首を中心に広がる。
ぽろぽろ、と掴まれた手首から何かが落ちた。
――ガラスを砕いたように割れた、自分の、皮。
驚いて振り返ると、男の顔が……。
(手……?)
彼女の顔面に男の武骨な手が、落ちてきた。
……途端、手首と同様の痛みが顔を中心に広がった。
「ひぎゃ、や、ぎゃあっ!?ぐぎ、じゅ、じゅぐっ……う、ぐ」
ぼたぼたぼた、と皮膚が剥がれ落ちる。
同時に、皮膚に通っていた毛細血管も剥がれ落ち、びちゃびちゃと気色の悪い音を立てて地面に落ちる。
助けて、と言おうにも口は動かせない。
すぐそこに、繁華街があるのに。
焼け付くように痛む顔の筋肉を少しでも動かせば、ビリビリと切り刻まれるような激痛に代わる。
怖い。私はこんな風に死ぬのか。
ちょっとは動揺してみるが、予習のおかげもあってか、痛みは予想範囲内だ。
だんだん意識が離れていくのを感じる。
徐々に目の前が砂嵐のようなノイズによって支配されていった。
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