夢に溺れる。

□五。聴取
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『……犯人に、見覚えなんかありませんよ』
『となると無差別か……?特定が難しいな』
『……知りませんよ、そんなの。
 あの、この取り調べっていつまで続くんですか?』
『大丈夫。必要なこと聞いたらすぐ終わるよー』
『そう、ならいいです』

 私は、取調室で聴取されている入院着の少女を見て目を見張った。
 ガラス越しで足を組んで偉そうに私の上司の一人でもある夢死さんに話しているのは、先ほどのテンションの高い少女本人なのか……?

「か、軽々さんっ」
「んん?なんだい」

 軽々さんは私の指導係であり、上司である。

「あの子、起きてからずっとあんなですけど……あんな子でしたっけ?夢死さんも、あの子の父親なんですよね?」
「ああ。ま、義理だけどね。それに今、喪汐ちゃんは喪汐ちゃんではなく、被害者の礒氏真実だ」
「えっと……どういうことですか?」

 思わず私は、頭を抱えた。
 他人の個性を理解する、というのはこの社会で置いて最も基本的な理念であり、今では道徳の教科書に入るくらいには当たり前の道徳観念だ。
 だが……調査に来た子が、被害者本人に、なった?
 それはいったいどういう状況だ?
 夢死さんも軽々さんも、既にこの状況には慣れているようで、新人である私は一人置いてけぼりを食らている。

「起きてしばらくは、寝ぼけて意識が混濁するんだとよ。最初のうちは本人も分からなかったようだが、すぐに慣れていた。
今じゃ彼女、どんな女優よりも演技の幅は広いだろうよ」
「演技、ですか……?」
「死ぬ直前までの被害者の意識をコピーして喪汐ちゃんの意識にはっつけた、みたいな感じだそうだ。じきに馴染むんだと。
角砂糖の水溶液、とか言っていたかな?」
「角砂糖の水溶液……」
「攪拌すると馴染みやすくなる、とか言ってたね」

 なるほど、と理解した。
 小学校の、理科の実験だ。
 ビーカーに水を入れ、その中に黒糖の角砂糖を入れて砂糖の水溶液を作る。
 何日も放っておけば、じきに砂糖を構成する分子は水中に均等に散らばり、砂糖は水と混ざり合う。
 温めたり、掻き混ぜたりすれば、更に溶ける速さは早くなる……。
 ならば、この聴収が彼女によっての攪拌なんだろう。
 意識の整理。
 だが……一つだけ、不安に思うことがあった。

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