夢に溺れる。

□七。教室
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 四月というのは、本当に気が滅入る。
 ただでさえ他人に逃げられがちな私が、友達づくりに成功するなんてことは無いのだから。
 ……いや、そもそも友達を焦凍君以外に欲していないというのももちろん要因としてはあるのだろうが。
 入学式というのは名ばかりの形式ばった挨拶もそこそこに、ヒーロー科を除く新入生はガイダンスを終えて教室に適当に押し込められた。
 ……正直、この空気は私にとってあまり好ましくない。
 というのも、一般科というのはヒーロー科を受験するにあたって滑り止めとして受けた諦めの悪い哀しい子たちがいるというのだ。
 そりゃあ、ここで一発逆転してヒーロー科に編入しようと思っているやつも少なからずいるわけで。
 ギスギスした空気をこれから一年背負っていかねばならない担任に、正直同情の念を禁じ得ない。

「というわけで私を睨みつけるの止めてくれないかなあ、深窓君」
「いや、漢字が違うんだけど。
心操だってさっきから何度言えば……」
「いやね?別に私だって間違いたくてわざわざ名前を間違えているわけじゃないんだってことは少なくとも理解してほしいなぁ。正直私としても故意に人の名前を間違えるのはなかなか難しくってさあ。真相君だって、出会って間もない私の名前をまともに覚えているわけじゃないだろう?わざと人の名前を一回一回間違ったイントネーションで言うというこの一見不可解でしかも度し難いいらつきを覚えるであろうこの私の行動には人の名前を正しく覚えるため、という名目も一応含まれているんだよ。そうでなければ、何の面白みも無ければ私にとって利益もなく興味もないたかだか人間一匹のフルネームなんてすぐに抜けてしまうからね。それに私にとっては一々新相君の名前の微妙なイントネーションを変えるのはなかなか難しいんだよ。それとも、神葬君はこんな私とは違って私の名前などとっくのとうに覚えてしまっているのかな?出来の悪い私の脳味噌と深層君の脳味噌ではそれこそ旧型と新型ともいえるスペックの差がありありと伝わってきているように感じるよ。それともどうだい、これを機にお互い交友を深めるというのは。残念ながら君の狙いとは違って、私はヒーロー科が目当てで入学した訳でもないし元々この高校を受験した本当の理由だってヒーロー科に推薦入学した私の幼馴染であり親友である人の行く末を見守る為と保護を目的としていたものだから、君が蹴落とそうとしている類の人間とはだいぶ違ったところに動機を置いているんだがね?本命は君ではないのだが、私としても前途ある若者が己の正義を貫かんがために底辺から這い上がる様を是非とも拝ませて貰いたいものだし、その手助けとしてちょっと位ならば私の数少ない貴重な青春時代を無駄に潰しても構わないとは思っているんだよ。なんたって人生に一度しかない高校時代、無駄にずるずると過ごしてじきに自分が大人として社会に強制的に追い出されるまでの時間を何の余興も無しに潰していくのも無難ではあるが味気ないように思うからね。それともこんな得体の知れない人間にこんなにべらべらとしゃべられるのも君みたいないかにも真面目そうな人間から見ちゃあ不快かな?でも別に私は私の気の済むまで話し終える気はないよ。君みたいに野犬宜しく誰に対しても近くにいる人間に向かって犬歯を見せるほど私は愚か者でもなければ戦うことに快楽を覚えるような気味の悪い戦闘狂でもないからね。私は至って普通の平和主義者であり、少なくとも私と同年代である君たちよりも精神年齢が上であることは自負しているよ。でも君もまた、どうやったって高校一年生にしか見えない私に年長面されるのは嫌かな?思春期の男児の感情の複雑なところだね。おっと失礼、子ども扱いも癪に障るようだったら謝らねばならないな、だが先にがんをつけてきたのは君だからこれでお相子ということにしよう。さあ、そろそろ担任教師もこの教室に入ってくるだろうから顔を前に向けたまえよ、何事かと心配されたら面倒なのは私だけでなく君もだと思うがね、心操君?」
「……」

 は、と目の前の少年の口から空気の漏れる音が聞こえた。
 私に対するその一文字に込められた感情は、呆れなのか怒りなのか。それともただの驚きか。
 隣の席になったその男子生徒は、どうやら私が前に上げたようなヒーロー科志望の一般科生徒の様で、黒板に掲示された通りの席に着いた途端、私を睨みつけてきたのだ。
 朝からがんをつけてきた人間が、まともに育つはずが無いだろう。爽やかに過ごすべき時間すらもまともに過ごせないような無礼者なら鋳型に入るまで鉄槌で何度も叩けばいいだけのこと。
 ともすれば暴力的に聞こえるだろうが、なんてことはない。少なくとも録音なんてことでもされない限り、もしくは天才級の頭脳の持ち主でもない限り、一々反論なんてできないのだ。
 私なりの説教。
 大体、これから一年間やっていこうという時に人のことを睨みつけてくる奴にはそれ相応の灸を据えねばならないだろう。
 これが焦凍君なら「照れ隠しかな?」と長年の判断基準で見逃すが、こいつは違う。
 私は、身内には甘いが、それ以外には容赦はしない主義だ。私としては彼には大人しく引っ込んでおいてもらいたい。
 居ても邪魔だし。
 現時点においては私にとって、そして焦凍君の将来に関して、さして有益な人物には見えない。

 私はこのひと騒動(?)の後、心操君含めクラスメイト達から腫れ物のような、触ればさらに悪化する奇人変人の類として見られることとなったのだが、それは別のお話である。


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