夢に溺れる。

□幕間 二
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「きっとこの子は、産まれたらあなたのように育つでしょうね」

 そういって、 わたしは かれに ほほえんだ。
 かれは、 やさしく わたしの おなかを なでると、 あたたかい ひだまりの ような こえで わたしと このこに こえを かけた。

「僕は、性格は君みたいになって欲しいなぁ……。優しくて、家族思いの、愛で満ちた女の子」

「あら、あなたには私がそんな風に見えているの?ふふ、ありがとう。……でも、あなたのような子になると私は思うわよ」

「何でだい、また、お得意の女の勘とやらかな?」

「馬鹿にしないでよ?私の勘は命中率百パーセントなんだから!それに、この子ってば早く産まれたがってるみたいなんだもの。……気付くといつも、お腹を蹴ってくるのよ。
それこそ、早くこの世に生れ落ちたいみたいに。せっかちなあなたにそっくりだと思わない?」

「せっかちだなんて。元気なだけじゃないのか?」

「だとしても、しょっちゅう暴れているあなたの子供にふさわしいわね。全く落ち着いてくれないんだから」

「……それは、この子に言っているのかな?」

「さあ、どうかしらね?今度もまた出払うんでしょう?
守君に聞いたわよ。今度も、いつ帰ってくるか分からないんでしょ?」

「まあ、そりゃあ仕事だからなあ……」

 かれは、 いかにも もうしわけなさそうに かおを すこしゆがめて、 わずかに のびる あごひげを さわった。
 わたし だって、 かれに めいわくを かけている ということ は しっている のだ。
 けれど、 わたし は かれの つまだ。
 たまには ゆっくり きゅうか でも とって いえで しずかに やすんで ほしい。
 かれの めもとに できはじめた くまを みながら、 わたしは わざとらしく ためいきを ついた。

「そりゃあね、市井の人々を守る大事なお仕事だっていうのは分かっているの。けど、少しは自分の身のことも考えて?この間、過労で倒れて救急搬送されたのは誰だったかしら?四十度の高熱を出したまま仕事に臨んで動けなくなったのは?ほんの一か月前、被疑者に肩を抉られて入院していたのは?あなたがここで退職してしまったら、産休中の私とお腹の中のこの子をどうやって守るの?まさか、貯蓄を切り崩す、なんてことは言わないでしょうね。あのお金は、これからこの子に必要な教育費なのよ。私たちの食い扶持としてすり減らしていくなんてことはできないでしょ。警察庁でなくとも、ヒーローの協力申請はできるんでしょ?あなたがわざわざ、使うたびにリスクを負うような個性を使ってまで犯人を捜さなきゃいけない、なんてことはないんでしょ?それに元々、あなたは人付き合いがうまくないほうなんだから。ストレスばっかり増やして、最後は過労死、なんてことになったら目も当てられないわよ。あなたの代わりはいくらでもいる。酷いことを言っている自覚はあるけれど、サイコメトリなんて個性、探せばどこかには転がっているものでしょ。それこそ、それを売りにしているヒーローだっているはず。わざわざあなたが居に穴を開けそうなほどのストレスを負ってまで許可とって、申請して、一人で捜査するなんて、最初から無理があったのよ。確かに、あなたのその責任感の強さと正義感の重さは私もよく知っている。けどだからって、お願いだから抱え込まないで。このままじゃ私、あなたが私より先に死んでしまいそうで怖いのよ……」

 いっきに ためこんで いた さみしさ と ふあん の すべてを かれに とろした。
 かれは いっしゅん きょとん と して わたしを みていた が、 すぐに にっこりと やさしく わらって わたしの あたまに てを おいた。

「それもお得意の勘かい?」

「ええそうよ?文句ある?守君にしたって、軽々さんにしたって、同じことを言うはずだわ。
――お願いよ、あなたは、もうあなただけのあなたじゃないの。私にも、この子にも、あなたは必要なの……」

「うん、そうだね…… でも、俺は君に幸せな未来を過ごしてほしい。少しでも、不安な要素の取り除いた世界を、笑って過ごしてほしいんだ」



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