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□追って追われて。
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× × ×

「ゴン君、この薬草でありますか?」
「うん、合ってるよ! あ、呼び捨てでいいからね。オレもジンって呼ぶから」

ひとつの嵐を抜けた後、船内は前より遥かに静かになっていた。
荒波による激しい船酔いで、あれほど競いあっていた筋肉達磨たちが死にそうなほど弱り果てているからだ。
そんな中、弱るどころか薬草やらシーツやらを配り歩く二人の姿は、ある意味異様であった。
ジンは、軍での地獄の如き訓練の後の道場を思い出していた。次いで、幼い日に冗談みたいな小舟に乗って冗談みたいな台風の日に恩師と航海した、死ななかったことが奇跡に感じてしまえるような日々を。
そんな感傷に浸りながらゴンを見る。バタバタと走り回るその姿に、どこかで見たような懐かしさを感じながら返事を返した。

「了解であります。以後気を付けるであります」
「だから、敬語も必要ないって!」
「……申し訳ありません、長いこと敬語のみで会話していたため、敬語が一番使い易いのであります」
「へえ! 凄く礼儀正しいよね、ジンって!」
「そうでありますか?」
「そうだよ! ホラ、前にオレにお辞儀してたときもすっごくキレイだったもん!」
「は、恥ずかしいであります」

 自分の礼の形を褒められたことに、ジンは頬をわずかに染めた。散々、軍隊での下っ端時代に練習させられていたものがこうして褒められるとは、思いもよらなかったからだ。

「練習とかしたの?」
「あ、はい。軍での訓練で散々……」
「やっぱり軍人なの!?」

言った途端に、キラキラとした知的好奇心に満ち溢れる眼差しを向けられ、既視感と危機感を同時に抱いたジンは緊張に身を堅くさせながら頷く。

(やべ、墓穴掘った!?)

逃走中であることをすっかり忘れ、普通に返していた。バカである。

「あれ、違うの?」
「違いませんが……」
「そっか!軍服着てるから、そうかなって思ってたんだけど、本当にそうなんだ! 見慣れない国旗だよね。外国から来たんだ?」
「そ、そうですね……国籍は違うであります」
「国籍は?」
「はい。物心ついたときにはいろんな国をふらふらしてましたので」
「へぇー! すっげえ! じゃあ、いろんな国のこと知ってるんだ!」
「いえ、幼い頃なのでそこまでは」
「そっかぁ……」

あからさまに肩を落とされた。

(素直なところがますます身に覚えがあるんだよなあ。そこまではっきりとがっかりされると、怒りとか呆れでなくて申し訳ない気がしてくるんだから不思議だ)

ジンは困りながらも慌てて言葉を付け足した。

「あ、あの。一応こちらに入国したばかりなので」
「あ、じゃあ!」
「前にいた国では五年くらい滞在していましたからね。ここと違い、社会主義の貧乏な弱小国でしたので大分事情は違いますが」
「ふぅん……?ちょっとよく分かんないや。ね、ジン、後でジンのいた国のこと教えてね! オレ、今まで島でしか生活したことなかったから、他の国のこととか全然知らないんだ!」
「わ、わかりました。可能な限りお話させていただくであります」
「うん、よろしく!!」

(し、死んだかと思った……。首の皮一枚繋がったぁぁぁっ!)

 何とか自分の国の話題から話をそらし、ジンは胸の内で大きく安堵の溜め息を溢した。相手が自分を上回るバカだと知ったから、というのもある。

「ゴンは?」
「オレはねー、親父を探すため」
「お父様ですありますか?」
「うん。プロのハンターなんだ」

 ゴンの瞳の輝きが、一層増す。

「オレ、直接親父に会ったことないんだよ。あ、物心つく前に会ってるらしいんだけど、それは別として。……で、オレの住んでた島に、前にカイトさんっていうハンターがきたんだ。キツネグマに襲われそうになってたところをたまたま助けてもらって。それで、親父のことを知ったんだ。カイトさんの話を聞いて、オレもハンターになって親父に会いたいなって思ったんだ!」
「……ン?」

 ゴンの話受けて、ジンは感銘を受ける前にまず停止した。

「申し訳ありませんが、ゴン。カイト、というのは全体的に細長くて、目つきが悪く、太刀を肩にかけた男のことでありますか……!?」
「え、ジンもカイトさん知ってるの!?」

 二人は顔を突き合わせ、「ええええっ!!??」と叫んだ。

「も、もしやもしやでありますが、ゴンのお父様のお名前は、ジン=フリークス!?」
「なんでジン知ってるの!?」
「ゴンはあの人の息子なのでありますか?」
「そ、そうだよ」
「す……すごい。こんなところで出会えるなんて!」

 ゴンは頬を紅潮させてジンに詰め寄った。

「ねえ、親父のこと知ってるの!?」
「はい!幼い頃、この身を救ってくださった恩人でもあり、身を守るすべを教えてくださった恩師でもあります。その時に、カイト殿にもお会いいたしました。この、神という名前も、恩師であるジン殿から直々に賜ったものなのでありますよ!」
「そ、そうなんだ……」

 凄い偶然だね、というゴンに、ジンは笑みを深めた。

「実は、自分の目的もジン殿なのであります」
「え、そうなの!?」
「はい。またジン殿の弟子としてあの方に付いていきたいのであります。そして、幼い頃の恩をお返ししたいのです」

 なのでゴン、と今度はジンからゴンに詰め寄った。

「同じ目的を持つ同志として、共にハンター試験を頑張りませんか!?」
「う、うん!!」

 一人より二人のほうが心強いもんね!と押され気味ながらも拳を作るゴンにジンは深くうなずく。
 恩を返すべく恩師を探していることも、同志と結託したいということも、嘘はついていないのであった。

× × ×

その日の夕方、ゴンにより、もうすぐ更に大きな嵐が来ると告げられたジンは、鞄から、支給されてかなり経ったレインコートを取り出した。野戦で何度も世話になった物の一つで、今ではすっかり泥だらけで汚れまくっているが、本来の目的である防水は果たされているし、空気を遮断するため雨による体温の低下を抑えられる。
つくづく戦場に染まってしまったことに気づかないまま、着々と準備を進めた。

「――それは……?」
「……はい?」

後ろから聞き慣れない声を聞き、ジンは振り返った。
そこにいたのは、ハンモックに寝そべり、先程まで分厚い本を読んでいた、同年代の少年。その視線は、興味深そうにレインコートに――正確には、その背中に当たる部分に大きく描かれた、砂の間から覗く、掠れた国旗に――注がれている。

「その国旗、ずっと北東の国のものでは?」
「え゛っ……や、これは貰い物でして!そ、そう!私のものではないのであります!」

なんてことない質問をしただけのつもりだった少年は、何かに気づいたようにハッとしてジンを凝視した。

「――まさか、だっそ……」
「ちちちち違います違います違います!自分、断じて脱走兵などではないであります!……あっ」
「………………」

あっ、てなんだ。ジンは自分の迂闊さと愚かさを憎んだ。脱走兵などではないであります、なんて。まるで自分が脱走兵だと名乗りを上げているようではないか。頭のよさそうな人間には余裕を持てないから苦手だ、とジンは心の中で言い訳をつぶやく。
顔を赤くしたり青くしたり白くしたりとバカのような慌てように(実際バカなのだが)、金髪の少年は苦笑いを溢した。

「や、これは違いまして、いえ、違うわけではないのですが、そういう意味ではなく、ええっと、ごめんなさい、後生なので聞かなかったことにしては頂けないでしょうか!」
「――ああ、聞いた私も悪かったな。すまなかった」
「いえ!こちらこそお見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありませんでした!」

ビシ、と、型通りの綺麗な敬礼で謝る神に、少年は苦笑いで続ける。

「あまり取り乱さない方がいい。それに、敬礼もやめておいた方がいいと思うぞ」
「や、これは失敬。癖でつい……ご指摘、痛み入ります!」
「いや。……お互い、頑張ろう」
「はいっ!」

勢いよく返事をするジンに、金髪の少年は少し不安に思いつつも、ついこっそりと笑ってしまうのだった。



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