倉庫

□電動の箱から、あなたの元へ。
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×  ×  ×

「悪いな、クラピカ。じゃあ、こっちにお前が着いたら連絡寄越せよ」

クラピカのいるネットカフェから遠く離れた、とある山中の小屋にて、イズナビはクラピカとの通話を終えて、精神の疲れを、窓の外――暮れ行く空に向けて盛大に表現していた。
数時間に及ぶ説得と交渉の末、なんとかクラピカを説き伏せられたイズナビは、くるりと体の向きを変えた。後ろから、人の気配を感じたのだ。
十代前半に見える、三編みで眼鏡の、気の弱そうな少女。その衣服は異様で、見たことのない、制服のような上下白黒のスカート姿だ。彼女こそ、先程まで話題になっていた、正体不明の不審人物である。
カード型の、電話しかろくに使えない携帯機器を、胴着の合わせに仕舞ったイズナビは、不安そうな顔で廊下から恐る恐る覗いている少女に声を掛けた。

「良かったなぁ、嬢ちゃん。俺の知る限り、この国一の色男がお前の身柄を一時的に引き取ってくれるとよ」
「―――?―――、――――……」

身ぶり手振りでどうにか伝える。……が、正しく伝わったかどうか、イズナビには解らない。
十代前半に見える少女は、困ったようにわたわた両手を左右に振った。
きゃあきゃあと高い声で右往左往している姿は、小動物が逃げ惑う様を思い抱かせる。

「あー、うん。不安、なのか?」
「――!―――、――」

尚もぱたぱたと動く彼女に、イズナビは苦笑しながら手を振ったあと、背中を向けて溜め息をついた。

――年頃の女の子の考えることなんて、俺にわかるかよ……。

況してや、そこに言語の壁も立ち塞がっているのだ、どう対処できようか。
自然、目線は窓の外の黄昏る空に向いた。
時刻は、夕方になったばかり。約束では、クラピカは明日の昼に訪れることとなっている。

――クラピカ、早く来てくれ……!

物心ついてからひたすらに武の道を進み、三十路を過ぎて尚所帯も持たず、当然娘なんているはずもない。そんな彼に、自分の半分程の年齢の少女の相手は些か難易度の高かったようである。
残念なことに、時間とは一定に刻むモノであり――彼にとって、更に残酷なことに、辛い時間ほどゆっくりと進むものなのだった。

  × ×  ×

翌日の、夕刻。蜩の音が柔らかく響き渡る。
イズナビと件の少女の留まる山の麓、大分寂れた無人駅に、一両しかない電車が止まる。
そこから現れたのは、黒いパンツスーツを颯爽と着こなす、美女と見紛う程の金髪の少年。あまりに場違いな空気感を纏いながら、その大きな瞳からは有無を言わせない力強さが溢れ出る。
少年――クラピカには、手荷物も無く、全身を黒で纏めた喪服のようなその様相は、ただひたすらに違和感を振り撒いている。
ろくに掃除された形跡のない、埃を被る剥き出しのコンクリートの床に、容赦無く真っ黒な革靴で足跡を残す。その形跡は一定の角度や幅を守って残され、見るものによっては、一種の気味の悪さを感じとるだろう。
カッカッカッカッ、……とやや早足で階段を降りていくのは、予定の時刻を大幅に遅れての登場だからか。
胸元の携帯電話は、必死にイズナビの焦りと苛立ちを伝えている。

――五月蝿いな。

しかしクラピカは、足を一切止めること無く、些か乱暴に電源を落とした。だが、やはり少し罪悪感を覚えたのか、少し目を伏せながらもう一度チラリと携帯を見る。しかしそれも一瞬だった。

――さて。

と、目線の先を前に向ければ、現れたのは岩場だらけの険しく高い山。散々イズナビに「修行」と称して散々ぶっ飛ばされた、肉体的に痛々しい思い出を静かに封印しながら、山道には到底見えない山道へ一歩足を踏み出した。
イズナビと少女の居る山小屋は、更にこの先である。この山に居るときに、そんなところに入った覚えはないが、事前に印刷した地図の通り進めば問題はないだろう。
先の見えない、岩だらけの山。数ヵ月と 経たないうちに、彼は再びこの場所に戻ってきてしまったのだった。

 × ×  ×

イズナビは、ひたすら苛々していた。

――あいつ、電源切りやがった……!

その額には、青筋が浮かび上がらんばかりの切れ具合である。果たして、その怒りは当人であるクラピカに届くのか。
勿論、否だ。
だが彼は、有らん限りの握力で薄型の携帯電話を握り(正しくは握り潰し)、その破片を手から払い落とす。
後悔はしたものの、一瞬で切り替えた。

――ま、使い勝手は最悪だったし。

山を降りてから、新しく買い替えれば問題ないだろう――そう考え直す。
丁度、クラピカもくる。ついでに相談すればいい。……ちゃんと来れば、の話だが。

壁越しから、昨日拾った少女の声が聞こえてきた。
この山小屋には、イズナビと少女しか今はいない。登山シーズンにはもう少し利用者が増えるが、今は春先。頂にかかる雪帽子には、プロの登山家でも危険がつきまとうと言う。――つまり、山開き前。
山の八合目辺りに建てられたこの小屋も、日が完全に落ちればかなり寒くなる。倉庫の中には石油ストーブもあるが、数年間使われていないそれは最早ただのガラクタである。だが、幸いにも使えるものは多い。使い捨てカイロや厚手の寝袋、毛布も山のように積まれており、体力のない彼女の部屋にはその大半が詰め込まれている。

「――、――!―――!!……――?…………―――、―――……――!!」

となりの部屋からは、頻りに少女の声が途切れ途切れではあるが、聞こえてくる。
勿論、イズナビと部屋越しに会話をしているわけではない。自前の携帯機器で誰かと連絡を取り合っているのだ。
母親らしき相手との通話は大分前に済んでいるから、もしかしたら兄弟姉妹の親しい誰かに連絡を取っているのかも知れない。……もしくは、味方のスパイか。
どちらにせよ、夕食の時までずっと通話してくれたら、自分にとってこれほど楽なことはないと、しみじみ嘆息するイズナビであった。


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