植木鉢(またはオリジナル短編・中編集)

□異世界ファンタジーな話。
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ラニャがまだ六歳の頃、彼女の住む町に曲芸や見世物を生業とする旅団が三ヶ月ほど訪れたことがあった。
移動途中に山賊に襲われた彼らが、どうにか資財を守ることはできたものの怪我人を多く出してしまい、命からがら近くにあったラニャたちの生活する村に逃げ込んだためだった。
その時、村で宿屋を経営していた彼女の両親と共に、「お代の代わりに」と言って旅芸人たちが無事だった者だけで、小規模の曲芸や見世物の一部をタダで見せてくれたのだ。
その多くは少女の知らない国の一風変わった動物(大半は大きな口を開けて牙を見せつけて威嚇する、肉を食べる猛獣だった)や、魔域から得られた変わった形の植物(中には動物たちと同じく尖った牙を持つものもあった)だった。天井に吊るされた赤い発光石のランプに照らされたそれらは、年端もいかないラニャにとっては殊の外恐ろし気にそれらの異形を見せるのに一役買っていた。
村の大人、特にラニャの父は娘そっちのけで、未だかつて見たことのない生物たちの姿に目をきらめかせていた。小さな簡易的に建てられた小屋の中で、数こそあまりなかったけれど、生涯でほとんど村を出ないごく普通の村民として、その光景は心ときめくものがあったのだろう。
大きな爪や牙を持つ恐ろし気な生き物よりも、その時のラニャはは見世物として檻に繋がれた、ある少年が気にかかった。――光の加減によって、白銀にも青にも赤にも金にも見える、不思議な色彩を持つ、長髪の少年。
その少年は、自分より小さな体を懸命に丸めて檻の奥へ奥へと逃げているようだった。だが、その髪と同じ不思議な色の瞳は、獣たちと同様に、人間に対して明らかな敵意と殺意が込められていた。

「こいつぁ、もともと普通の人間だったらしいんですがね」

無精髭を撫でながら、旅芸人たちの団長が言った。

「どんな事情があったのか、生まれてまもなく魔域の入口辺りにある森に捨てられちまったらしいんでさ。それで、そんな瘴気塗れのその森でこの歳まで魔物に育てられてきたらしいんです。
障気ってのは不思議なもんで、ある程度以上成熟した生き物が浴びたところで何ともねぇんですが、生まれて間もない者には猛毒だそうで――それがどうも、魔物の発生に関係しているらしいんですが……そりゃまあ置いといて――国に支えるお偉い学者殿によると、このガキすっかり魔物も同然の生き物に『変異』しちまってるんだそうで。
数えで大体、人間でいや六歳くらいなんだそうですが、なんせ今までまともに人の言葉を聞いたこともねぇし話したこともねぇ。そんなんですっかり、人間盤の魔物なんだそうですよ」
「しかし、この扱いは、少々手酷くないか?相手は魔物とはいえ、元々人間の、年端も行かぬ子供なんだろ?」

ラニャの父が団長の言葉に反応する。さすがに、一人の子供を持つ親としては、見過ごせないものを感じたのだろう。
だが、男は首をわずかに横に振った。

「子供ったって、いっぱしの魔物ですよ。こいつを診察した学者殿によりゃあ、本当に人間だったかどうかも僅かばかし怪しいそうで。
ってぇのも、実際に赤子が障気を浴び続けて育ったら、本当に他の動物と同じように魔物に進化するのか、なんて検証ができるわけねえでしょう?だからこいつぁ、人によく似た、正真正銘の魔物かも知れねぇんです。
魔域から出された魔物は、お国の決まりで檻から生涯出しちゃ行けねぇってことになっていやしてね。まして『人型』なんて、ご高尚なご趣味をお持ちの、収集癖のある上流階級の方々から見りゃ喉から手が出るくらいのシロモノ。こうしておかなきゃ、ある意味こいつも危ねぇんです」

だからこいつ、檻から出ようともしねえでしょ? という男の言葉に、ラニャは檻の中を覗きこんだ。
檻の中には、何か糸のような細いものがびっしりと隙間無く這っており、それが薄暗い見世物小屋のランプに反射して何かの宝石のように、赤くキラキラと光って見えた。

「……きれい」
「そうでしょう?けど気を付けてくだせぇ。この糸は全部あいつの頭に繋がっているんですよ。要は髪の毛でさぁ。この一本一本に、鋼鉄の親指くれえの棒を切る力と強靭さがある。あいつはこれら一本一本を自在に操ることができるんですよ。だからこの檻を壊そうと思えば、こいつは簡単にやれる」

ふわふわと漂う一本一本の細やかな宝石は、この年頃の少女にはとても美しく、魅惑的なものに見えた。

「さわってもいい?」
「さあ、そればっかりは本人の機嫌次第ですんで……。良いときは触らせてくれるんですが――って、ああ!?お嬢さん、危ねえから勝手に手ぇ突っ込まんで!」
「さらさら……すごくきれい。つやつや〜」

ラニャは、檻からはみ出していた一本を小さな指で撫でた。
それは驚いたように一瞬ぴくりと跳ねた後、しゅるしゅると檻を離れてラニャの手元へそよいできた。

「えっえっ?えぇっ!?」
「おー、やわらかい!さらさら!きもちいい!」

これには男も驚いたようで、しきりに「えっ?えっ?」と繰り返しながらラニャと檻を見比べていた。
次第に、糸は一本からに本、二本から五本、五本から二十本……終いには、檻の中に張り巡らされていた全ての糸――髪の毛が、ラニャの手に導かれるように柵の隙間から出てきた。
ラニャは、片手では撫できれなくなったその毛束に全身で抱きつき「きゃー!」と声をあげながら、まるで大型犬でも相手しているかのようにわしゃわしゃと両手と、顔すら使って撫でる。
旅団の男は困ったように、「そろそろカミさんに本気で怒られるから〜」と言って何とか二人(?)を引き剥がし、その場はお開きとなったのだった。

それ以来、ラニャと少年――後に、ラニャが「アーヤ」と名付けた――は一年ほど、毎日のように逢瀬を重ね、その間にラニャはアーヤに言葉を教えたり遊び相手になったりして、いつの間にかアーヤはラニャにとって一番の友人となっていた。
言葉こそ交わせなかったが、ラニャにとって彼はまごうことなき友人で、誰に何と言われようと疑うことなどなかった。
一方のアーヤも、無表情、無言ながらラニャに並々ならぬ執着心を見せ始め、旅団の団長は二人の逢瀬に付き合う度に「今度こそ事故が起こってしまうのでは」と、胃を痛めさせる原因を作っていた(その為か、団長のもとより質量のあまりなかった髪がさらに薄くなった)。
一年が経ち、町を離れるときにはラニャがこの世の終わりとばかりに泣き叫び、アーヤも檻の中からひたすらにラニャへ髪を伸ばして連れ去ろうとして、軽く一騒動あったのだが……それも、ラニャにはいい思い出となった。


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