セジュン

□雨夜の月
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ジュンミョンとセフンは宿舎から歩いて15分程歩いたところにある馴染みの店に二人で呑みに行った。
そこはもう10年近く通っている店で、お店の人は芸能人である二人に配慮してくれるし気心も知れているのでとても落ち着くことが出来た。
呑みに行くとは言っても、二人はあまり酒は呑まない。それは単に二人とも酒に弱いということもあったが、それよりも二人で会話することの方が楽しく夢中になってしまうからだった。

二人は今日もたくさん話し込んだ。真剣な話もするが、セフンは愛嬌があり冗談をよく言う質なので、くだらない話もたくさんする。実はジュンミョンも冗談が好きな人間なのだが、セフンといる時は自然と聞き役にまわることが多かった。

悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと。お互いに今まで色んな話をしてきた。二人で積み重ねてきた時間は言葉に出来ないくらい大切で、あまりにも尊かった。それは、人として相手に惹かれるのも当然と思うくらいに。




帰り道、突然降り出した雨に二人とも傘を持っていなかったので、店の人が貸してくれた使い古された1つの傘に身を寄せた。
いつもなら宿舎まで帰る道もずっと話続けているのだが、今日のセフンはとても口数が少なかった。時々、ジュンミョンが話しかけても「あぁ」とか「うん」とか、話をあまり聞いていないような心ここに在らずといった返事しかしない。そんな調子なのでジュンミョンも話すことを諦めてただ黙々と歩いた。雨足はどんどん強まりそのうち雨音しか聞こえなくなった。
もう夜も深いせいか、普段からただでさえ人通りの少ない道は人影ひとつない。まるでこの世界に二人きりかのようだった。


「……キスしてもいいですか?」

突然発せられた言葉は、このまま地球が浸水してしまうんじゃないかというくらいの大雨が空から落ちてきて地面を叩きつけていても、掻き消されることなくジュンミョンの鼓膜をしっかりと震わせた。
ジュンミョンは自分でも驚くくらいに落ち着いた声でそれに答えた。


「………いいよ」

その刹那、セフンの円らな双眸が少し揺らいだような気がしたが、すぐにジュンミョンを射抜くような目付きに変わる。一瞬の静止の後、セフンはその瞳を自らの目蓋でそっと覆い隠していった。
ジュンミョンはその様をまるで芸術品を鑑賞するような気持ちで眺めながら、自らも静かに目を閉じて唇を受け入れた。

セフンのやわらかな唇はほんのわずかに軽く触れて、すぐに離れていった。ジュンミョンは薄目を開け、その遠ざかっていく唇をぼんやりとした視界の中で捕えながら、今し方自分の唇に重ねられたほんのり温かな唇の感触を頭の中で反芻させる。まるで、これは幻ではなく現実だと自分に言い聞かせるように。
淡い恍惚の中でゆっくりと瞼を持ち上げる。視界が戻ると、伏目がちにして色白の肌をほんのり上気させている可愛い弟が傘をさして目の前に立っていた。それを見た瞬間、ジュンミョンの意思ではどうすることもできない積み重ねてきた愛おしさが一気に胸に突き上げた。
目の前にいるのは、かつて、弟だった男。ずっと、ただの弟だと思おうとしていた男。本当はとっくの昔にただの弟とは思えなくなっていた男。
お前を道連れにしてもいいんだろうか……?
キスを受け入れておいて兄としての理性が逡巡している。
雨はまだ止む気配がなく、雨粒が傘を叩きつけて揺らし、傘の柄を握るセフンの手にも力が込められていた。このまま地球が浸水してしまっても構わないとジュンミョンは思う。本当は、寧ろそれを望んでいるような恐ろしい自分がいる。もう正直になろう。このまま二人逃げてしまおうか。自分さえ一歩踏み出せばセフンは付いてきてくれるんじゃないのか。何もかも、この雨が全て洗い流してくれるんじゃないのか。そうであってほしい……そうであってくれたなら……でも………


「……帰ろうか、セフナ」

ジュンミョンはセフンの手から傘を取ると、セフンの方は見ずただ前だけを見て歩き出した。少し遅れてセフンも歩き出した。―――あの雨の夜から6年後の今日、セフンは結婚する。
あの時、ジュンミョンが自分の想いに蓋をして兄として歩き出した時、セフンはどんな顔をしてたのだろうか……?そんな過去に想いを巡らせていると、式場の扉が開き新郎であるセフンが入場してきた。
きっと知らない人から見ればポーカーフェイスで堂々としているように見えているであろうセフン。でも、長年の付き合いのジュンミョンには見ていてセフンがとても緊張してるのがよくわかった。
セフンがすぐ手が届くくらい側まで歩いて来る。ゆっくりと振り返り威儀を正して祭壇前に立つ。その視線は真っ直ぐ扉の方に向けられている。
ジュンミョンはその新婦を待つ横顔を見つめながら、セフンにとってはあれで良かったのだと改めて思った。……最愛の弟よ、おめでとう……
牧師が新婦の入場を告げる。再び式場の扉が開く。人々の視線が一斉に扉に注がれあたたかく見守る中、ジュンミョンはただひとり目頭を押さえて俯いた。

“俺にとってはあれで良かったのか—————?”


雨夜の月は見えない。たとえそれが煌々と光り輝いていたとしても。それを知っているのはただ月のみ。


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