セジュン

□素直になれなくて
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「バッカじゃねぇーの」

セフンの刺々しい声にジュンミョンは大きな瞳を潤ませビクリと肩を振るわせた。周りから見れば男子生徒が女子生徒をいじめている図。まさか女子生徒の性別も同じ男だなんて誰も思わないだろう。

ジュンミョンの髪は明るい栗色のストレートミディアムヘアで、服装は胸元に白いスカーフがあしらわれた紺色のセーラー服を着ている。紺のハイソックスと黒のローファーが履かれた細い足は陶器のように白く滑らかで、毛なんてものはどこにも見当たらない。
でも、彼は正真正銘の男である。名前はキム・ジュンミョンと言い、オ・セフンの幼稚園からの幼馴染であった。

ジュンミョンが4歳のときにセフンの家の近所に引っ越して来てから二人は幼稚園、小学校、中学校、高校と全て同じ学校に通っている。その上、高校1年の現在はクラスまで同じであった。

今日は、高校生になって初めての文化祭の日。
空は抜けるように青い爽やかな秋晴れで、学校は大勢の来校者で賑わっていた。

セフンとジュンミョンのクラスは模擬店でカフェを営業することになっている。
候補は他にもいくつかあったのだが、女子達の強い要望でカフェをすることに決まったのだ。それもただのカフェではない。「男子が女装して接客する」カフェだ。

本来ジュンミョンは裏方として調理を担当することになっていたため女装をする必要はなかった。しかしカフェ開店直前、女子達がこそこそとジュンミョンを廊下の隅に呼び出しているのを目にした時からセフンは嫌な予感がしていた。
手を合わせてジュンミョンに頭を下げる女子達と、困り顔で立ち尽くすジュンミョン。その光景を遠目から眺めていたセフンは嘆息した。どうせろくなことにならない。そう思ったら案の定である。
セフンは目の前の女子高生のように仕上げられたジュンミョンを見つめた。
ジュンミョンは落ち着かないのか、スカートの上から腿をさすってみたり、ウィッグの毛先を弄ったり、耳にかけたりしている。

「嫌なら断りゃいいだろ?別にお前じゃなきゃいけないことないし、1人いないくらいどうとでもなるだろーが」

「でも、接客担当の子から急病人が出たらしくて、調理の方は人手余ってるくらいだし、どうしても…って、ユリちゃん本当に困ってるみたいだったから…」

チョ・ユリめ。セフンは教室の隅で談笑する女子達の中に元凶を見つけ、思わず睨みつけた。
女装カフェをやろうと決まったときから、女子達が女装させたい男子No. 1はキム・ジュンミョンだった。いや、寧ろジュンミョンを女装させたいから決まったコンセプトだったのじゃないかと思うほどに女子達はジュンミョンに女装をさせたがっていた。
役割分担を決めるホームルームで、セフンも周りの男子達から「大男が女装したら面白いからやれやれ!」と囃されたが相手にしなかった。しかし、お人好しのジュンミョンの場合は頼まれれば自分のように断ったりはできないだろうとそう思っていた。
だが実際は違った。ジュンミョンは、女子達に接客の仕事を頼まれてもやんわりと、でもどこか頑な態度で断り続けた。きっと女子達もいつも優しくなんでも引き受けてくれるジュンミョンに断られるなんて思いもしなかっただろう。結局、ジュンミョンのその頑なな様子に女子達もそれ以上強く言えず、引き下がるしかなくなってしまったのだった。

でも、彼女達はしぶとかった。あれだけジュンミョンの女装を熱望していた女子達が簡単に引き下がるとは思えなかったが、文化祭前日になっても鳴りを潜めていた様子にすっかり騙された。まさか土壇場になって動き出すとは……お人好しのジュンミョンが困っていると泣きつかれれば無下に断らないと女子達は分かっていたのだろう。急病なんて本当かどうかわかったもんじゃない。現に急遽用意されたはずの衣装はジュンミョンのサイズにぴったりだった。きっと、当のジュンミョンは何の疑いも持っていないだろうが…ほんと馬鹿な奴……

セフンは小さくため息をついた。ジュンミョンをよく見ると、うっすらではあるが化粧まで施されている。それは、元々の綺麗な顔に更に嫌みのない華やかさまでプラスすることになって、なんだか圧倒されてしまうくらいに綺麗だった。
ジュンミョンは気が付いていないだろうが、セフンは先程から二人で教室前の廊下で話をしていると、通行人の視線がジュンミョンに注がれているのを痛いほど感じていた。それにクラスの男子達までジュンミョンを見る目がいつもとは違っている気がする。

セフンはそのポーカーフェイスの下で、胸中は穏やかではなかった。
子供の頃からジュンミョンを見てきたセフンが一番わかっているのだ。彼にどれだけ人を惹きつける魅力があるのかということを。

幼稚園の頃から今まで、大人も子供も年齢性別問わずに誰もがジュンミョンのことを可愛い、綺麗と褒めそやすのをそばで見てきた。
セフンはそれを当然のことだと思っていた。幼い子供らしく嫉妬もしなければ、少しの疑問も持たなかった。なぜなら、セフン自身が一番身に沁みて思っていたからだ。ジュンミョンは本当に綺麗だと。

はじめて幼稚園で出会ったとき、セフンはジュンミョンに視線が釘付けになって目を逸らせなかった。
そのときは自分の身に何が起こっているのかわからなかったが、そのしばらく後で母親に連れられて行った絵画の展覧会で自分の行動の意味を知ることになる。

それはルネサンス芸術の企画展だった。母親はセフンの手を引きながらズラッと壁に並んだ絵画を順調に鑑賞していく。だが、ある一枚の絵の前に来ると石のように動かなくなってしまった。
セフンはその日退屈で仕方なかった。そもそも幼いセフンには絵画など興味がない上に、母親は絵に夢中で自分にかまってくれない。正直、早く帰りたいと思っていた。
セフンは動かない母親に焦れて早く行こうと繋いでいた手を強くひっぱった。けれど、母親は全く動く気配を見せない。どうにか自分に気を引こうとセフンが地団駄踏もうとしたときだった。頭上から母親がぽつりとこぼしたのだ「綺麗……」と。見上げると母親は、絵から目を離したくてもあまりに絵が魅力的で目が離せないようだった。そのとき幼いながらにわかったのだ。自分がジュンミョンから目を逸らせなくなったわけを。自分はジュンミョンを『きれい』と思い強く惹かれたのだということを。

ジュンミョンは何もしなくたって、ありのままの姿で誰よりも綺麗だ。
それで、ちょっと抜けてて、不器用で、でも努力家で、それに馬鹿がつくくらい優しい。
セフンは今も昔もそんなジュンミョンがたまらなく好きだった。
でも、セフンはいつも素直になれなかった。子供の頃からその想いとは裏腹の言動で何度ジュンミョンを泣かせたかわからない。
優しくしたいのに優しくできなくて、この気持ちを知られるのは怖いのに知ってもらいたいような気もして…セフンの心はいつも相反する想いの間をゆらゆら振り子のように忙しなく揺れているのだった。


「…やっぱり、セフンはこういうの嫌だよね…」

「あ?」

チョ・ユリの方に気が取られ、ジュンミョンの言葉を聞き逃してしまった。
ジュンミョンの方に振り向き聞き返すと、ジュンミョンは少し寂しそうな笑みを浮かべていた。

「ううん、何でもない…じゃあ、僕行くね」

そう言ってジュンミョンは教室に戻って行った。
ジュンミョンはあんな格好をしなくたって綺麗だ。だけど、ああなって初めてジュンミョンに目がいく人間もいるだろう。おまけに文化祭は外部の人間もたくさん来る。その衆目の中にあの美少女然としたジュンミョンが放り出されるんだ……セフンは自分の考えが大袈裟ではなく至極当然のことのように思えて、ジュンミョンを誰の目にも晒したくないと、小さく華奢な背中を見送りながら、どこか本気でそんなことを思った。
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