セジュン

□camouflage
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『魔法のランプがあったら何を願う?』

「僕は全ての人の心をコントロール出来る能力。それだけ下さいと言います—————」





「酒が足りんっ!俺に酒をくれぇっ!」

EXOのマネージャーを務める男がうなるような声で叫んだ。
彼は先日、結婚を考えるほど真剣に付き合っていた彼女と別れてしまい、今日はその憂さを晴らすかのように浴びるほど酒を呑んでいた。その悲愴な姿は、レイを除くメンバー(ここ数年、レイは多忙とコロナが重なり韓国に来れず、テレビ電話でみんなと挨拶している)が集まる年末恒例の酒席で一際目立っている。もちろん悪目立ちという意味でだが、長年の付き合いである彼らはそんなマネージャーの様子をただ温かく見守っている。
ギョンスがマネージャーの隣に座るジョンインに水差しを手渡し、目顔でマネージャーのグラスに酒ではなく水を注げと促す。ジョンインが指示通りに水をなみなみと注いでグラスを手渡すと、彼はそれを勢いよく呷った。ジョンインはただの水をガブガブ飲んでいる様子を少し心配そうに眺めたが、彼が一息にそれを飲み干してグラスをテーブルに叩きつけると、この人何にも気付いてないよと、目を見開き呆れと驚きの表情でギョンスを見た。ギョンスはまた目顔で、だろうなと答え、何食わぬ顔で目の前の酒肴に手を伸ばし、ゆっくりと咀嚼し始めた。

「3年も…3年も付き合ったのにさぁ、あいつがどんだけつれなかったか…ほんと薄情な奴だよ!あいつはっ!」

ジョンデはそうなんだねぇと、マネージャーの話に真剣に耳を傾けながら優しい相槌を打ち、チャニョルは目にうっすら涙を浮かべながらヒョン今日はとことん呑もう!とグラスを掲げる。ベッキョンがそうだそうだ!とチャニョルに続いた。

「お前らは…お前らは幸せになれよ…俺はいつでもお前らの味方なんだから、周りのことより自分の幸せ考えんだぞ…」

そう言うと、彼の小さな瞳に涙が浮かび出し、乱暴に腕で目をゴシゴシ擦った。ずっとくだを巻いていただけの彼がこぼした思わぬ言葉に、みんなの胸にも熱いものが込み上げる。酒席ではだいたいこうだ。日頃は言えない感謝や、熱い想いを吐露しあう。端の席で口数少なく黙々と酒を呑んでいたミンソクの目も心なしか潤んで見えた。酒を飲むとみんな涙脆くなる。

「ジュンミョンももう、彼女と付き合って長いよな…うまくいってるのか?」

「うん、まぁ」

「そうか。リーダーとして色々悩んだりもするだろうけど、お前の幸せを一番に考えるんだぞ?遠慮なんかするなよ?アイドルだって一人の人間なんだからな!」

「うん」

ジュンミョンは少し照れたような困ったような微笑みを浮かべながら、その瞳が感謝の意を伝えていた。
セフンはその横顔を黙って見つめていた。




酒席がお開きになった後、翌日スケジュールのあるジョンインとチャニョル、家族の元へ帰るジョンデを除くメンバーで宿舎で呑み直すことになった。
まずはじめに協力して泥酔したマネージャーを部屋に運び込むと、昔のように揃って食卓を囲んだ。
今はもうギョンスとジュンミョン、マネージャーの3人暮らしとなった宿舎が久しぶりに賑やかな笑い声に包まれる。
テーブルにはギョンスとっておきの酒肴が並び、セフンには特別に雑炊まで振る舞われた。
どうやらギョンスに、セフンの箸がずっと進んでいなかったのを見抜かれていたらしかった。


「ギョンスあんがとな、ごちそうさん」

「ありがとう。じゃ、またな」

「気をつけてね」

自宅に帰るベッキョンとミンソクが、玄関で宿舎組のギョンスと挨拶を交わす。一方、ジュンミョンは途中までみんなと食卓を囲んで呑んでいたのだが、いつのまにかリビングのソファーでダウンしていた。
セフンはひとり玄関に背を向け、そのソファーへと近付いていった。

「ヒョン……」

ジュンミョンはソファーの背凭れに顔を埋め、微かな寝息を立てていた。
セフンは体を屈めてその小さな後頭部に囁きかける。

「こっち見て。俺のこと見て」
俺のこと好きなって……

以前、ファンからの質問で『魔法のランプがあったら何を願うか』と聞かれ、セフンは「全ての人の心をコントロール出来る能力がほしい」と言った。でも本当はたった一人の心だけを操りたかった。この人の、キム・ジュンミョンの心が欲しい……
暗示にかけるように、切ない本音が酔いに任せて口を衝いた。


「セフンは泊まってくのか?」
いつの間にかリビングの入口に立ってたギョンスが訊ねる。

「ううん、帰る」

ふたりは玄関へ向かった。
足音が遠ざかっていく。




「馬鹿だな……俺はずっと、お前しか見てないよ……」

その微かな声音は、誰にも知られることなくリビングの片隅で密やかに消えていった。


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