セジュン

□遅咲きの花〜結実〜【前編】
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セフンと一緒にいるのがつらい。もう疲れた———そんな置き手紙ひとつで、なんの弁解もさせず、黙って捨ててきてしまった人。
最後までジュンミョンは自分の本音を語ることはなかったが、あの頃本当は、セフンに浮気される度に嫉妬で気が狂いそうな思いだった。セフンの前では平静を装いながら、影では苦しくて辛くて泣いてばかりいた。
どこにも行かないで!僕だけを見て……っ!ジュンミョンの胸のなかには幼い子供みたいに地団駄踏んで泣き喚くような想いが確かにあった。それなのに、そんな気持ちをおくびにも出さず、セフンに本音でぶつかっていこうとしなかった。自分の本心は言えなかった。言ったら終わってしまいそうで怖かった。

セフンの誕生日プレゼントに腕時計を選んだのはささやかな抵抗のつもりだった。
彼の腕に巻かれ刻々と時を刻む時計。そんないつも身につける物を送れば自分のことを考え思い出してくれるんじゃないかと期待した。そしたら誰かと一緒にいても、自分のところへ帰ってきてくれるんじゃないか……そんな都合の良いことを考えた。
プレゼントの候補には指輪もあったが、なんだか重いと思われそうでとても選べなかった。どこまでも臆病な人間だった。
けれど結局、そんな目論見も無駄だったのだ。誕生日の夜、彼は帰って来ずにプレゼントを渡せたのは自分が去ったあとだったのだから。
浮気されて裏切られたのは自分だ。すごく傷ついたし、いつも辛くて悲しかった。だけど、何ひとつ自分の本当の気持ちを晒さず、そして、セフンにも何も言わせずに逃げるように去ってしまったことが、ジュンミョンの心にしこりとなって残った。
ふと、今になって思う。セフンは、ジュンミョンの知らない深い悲しみを抱えて生きていたのかもしれない、と。
ベッドに二人並んで眠るとき、いつも決まって潰れてしまうんじゃないかと思うほどセフンに強く抱きしめられた。まるジュンミョンに、どこにも行かないでと縋りつくように……
あの必死にジュンミョンを抱きしめてくるセフン、あれが本当の彼の姿だったんじゃないのだろうか……?どうしてか、そんなことばかり考える。
本当に彼のことが好きだった。それなのに逃げてしまった恋———ううん、本当は今だって。今だって、ずっと忘れられない……


「兄さん、ごめん。残りお願いしてもいいかな?」

いつのまにかジュンミョンの隣に立っていたジョンインが気忙しい様子でエプロンを外しながら言う。どうやら物思いに耽ってぼんやりしているうちにそろそろ閉店する時間になってしまったらしかった。ジュンミョンはそんな自分に呆れつつ、ジョンインには笑顔を向けた。

「もちろん大丈夫だよ。なにか予定あるの?」

「うん。今日、高校の同窓会なんだ」

ジョンインは所定の壁にエプロンを掛けながら振り返り言う。その顔には満面の笑みを浮かび、よっぽど同窓会を楽しみにしていることが伝わってくる。
ジュンミョンはそんな弟を素直に羨ましいなと思った。ジュンミョンには会いたいと思える友人などいないからだ。
ジュンミョンが自分を偽っているような気がしているのは家族だけではなく、それは友人に対しても同じだった。セフンと別れたあと、引っ越しのため荷物を整理する際、学生の頃の写真を目にしてそのことを改めて思い知らされた。
写真に写る思い出はすべて他人事のようだった。何ひとつ自分が経験したものではないような感覚で、写真の中の自分の笑顔はどれも空々しかった。
優しいと言われていた自分も、カッコイイと言われていた自分も、親友と思っていると言ってくれた友人の言葉も、全て自分に向けられたもののはずなのに、そう感じられない。
そんな空虚な自分に、うわべだけの友人はたくさんいても、本当の親友などいるはずがなかった。


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