セジュン

□どうしようもなく、
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「セフンは?」
「あいつならヨニの所だよ。さっき俺が送ってきた」
「そっか…ヒョン、飯でも行こうか。この近くに美味い店が出来たらしいんだ」

ヨニとは最近出来たセフンの彼女だ。
俺は今日オフだったが、セフンには雑誌の撮影の仕事が入っていて、その仕事終わりにマネージャーがセフンを撮影現場から彼女の家まで車で送り届けたらしい。それを聞いて内心、食事なんて摂りたい気分じゃなかったが、どうしてもあいつの気配が充満しているこの宿舎にいたくなくてマネージャーを食事に誘い出した。俺は酒で少しでもこの鬱屈を紛らわせようと重い腰を上げた。



誰かがベッドに潜り込んできた気配に浅い眠りの中にいた俺の目は簡単に覚めた。昨夜呑んだ酒は暗澹とした想いを色濃くさせただけで満足に寝させてもくれなかったのだった。
隣にいる人間に起きたことがバレないように慎重に薄目を開けると、もう空が白み始めているのが見えて体と心が更に重くなっていく。
わざわざ俺のベッドで寝る奴は1人しかいない。俺の全神経が背中越しにいる相手に向いた。微かな衣擦れの音、冬の冷気を纏った体、布団をめくって入ってくるときに起こる空気に乗る女物の香水の香り。俺は固く目を瞑り、シーツを握り込んだ。
このベッドで仲の良い兄弟のような気持ちで一緒に眠れていたのはいつまでだっただろうか…この不毛な想いは終わらせなくてはいけない。もう限界だった。



「おぉ!やっとその気になったか!」
「うん、まぁ…」
「それがいいよ、お前何年彼女いないよ?仕事もいいけど、プライベートも大事にしないとな」
ソウルのカフェで久しぶりに会った先輩は俺の返事を聞いてとても喜んでいた。以前から仕事ばかりで色恋沙汰のない俺を心配した先輩俳優が女性を紹介すると言っていたのを俺は今まで頑なに断っていたのだ。
最後に彼女がいたのは3年前。それも半年ほどで振られてしまった。「あなたの心はここにないから」と。
当時は彼女が言ったその言葉をアーティストとして、EXOのリーダーとして仕事に邁進していて彼女のことを優先してあげられなかったことに対して言っているのだと思っていた。
でも、違ったのかもしれないと今は思う。
なぜなら気付いてしまったからだ。
彼女と体の関係を持ったとき、男として反応はするけれど、心は虚しかったことに。彼女といても、いつも頭の片隅にある人物がいたことに。それらの事実に蓋をして、彼女を努力で愛そうとしていたことに。そのことに彼女は気付いていたんじゃないのか…?
また誰かを傷つけてしまうかもしれないのに性懲りも無く自分勝手に縋ろうとしている気がしたけれど、もう考えることをやめた。早くこの頭の中を支配する人物を忘れてしまいたかった…



それから3日後に紹介された彼女と、先輩と先輩の彼女と食事に行き、彼女と連絡先を交換して、その後2人きりで何度か会っている。今日は彼女の観たがっていた映画を観に行った。自分で言うのもなんだが彼女は俺に好意を持ってくれてると思う。でも、俺はこの恋愛の只中にいるのは自分自身なのに、そのことをまるで他人事のように思ってしまっている自分を消すことが出来ないでいた。

「…ジュンミョンさん、聞いてますか?」
「あ、ごめん。何?」
「あの、うちの姉夫婦がペンションを経営していて、今度みんなで行かないかって話が出てるんですけど…」
「あぁ、いいね。マネージャーにスケジュール確認するよ。」
「良かった……」
心底、安堵したような様子の彼女が気になった。
「どうしたの?」
「あ、いや…ジュンミョンさん、お疲れじゃないですか?」
「僕、旅行好きだし。気分転換にもなるから却って良いよ」
「いや…旅行のこともなんですけど、なんだかジュンミョンさん、元気がないような気がして…というか、私といて楽しいのかなって…私、無理させてるんじゃないかってずっと不安だったので…」

嗚呼…彼女には見透かされてしまっていたのかもしれない。本当、何やってるんだ…彼女にこんなこと言わせて…前に進むんだって決めたくせにこんなことでどうするんだ…俺は変わるんだろう?あいつのことなんて忘れるんだろう?なぁ、ジュンミョナーーー

「…ごめん、正直に言うと、ここのところちょっとだけ忙しかったんだ。きっと、そのせいだと思う。ごめんね。それからさ…もしよかったら、そのお姉さんのペンション、2人きりで行かない?」
「えっ…」
「君と真剣に付き合いたいと思ってるんだ」

彼女は俺の申し込みを快諾してくれた。そして、その日、彼女の家まで車で送って行った帰り際、初めて彼女に触れるだけのキスをした。唇を離して彼女を見ると耳まで赤くして瞳をキラキラと潤ませ俺を見上げていた。そんな姿を見れば大半の男はそのまま家に帰したくなくなるだろう。俺はひとり車で宿舎へ帰る道で渋滞に捕りどこまでも続いているテールランプをぼんやり眺めながら、どうして自分はその大半の男とは違うのだろうと思うと悲しくなった。
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