セジュン

□どうしようもなく、
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美しいと思った。

日常の中で“美しい”という言葉は、ほとんど使わない。
口を衝いて出るのは“可愛い”や“綺麗”だ。
きっとそれはこれからもそうだろう。
なぜなら、可愛いものや綺麗なものは世の中に溢れているが、美しいと思えるものには滅多に出会えないからだ。

でも、その人と初めて会ったとき、心の底から美しいと思った。
心がはっきり明瞭に“美しい”と叫んだ。
美しいという言葉は、その人のためにあるとさえ思った。

それから年月が経ち、自分はその人にとってかけがえのない弟になった。
家族になった。

では、自分にとってあの人は一体どういう存在なのだろう。
仕事仲間。
リーダー。
親友。
兄貴。
家族。
それのどれもが正しいのに、何か腑に落ちない。

今でもあの人を見る度に心の中で美しいと呟く。
時に感嘆し、時に恐れながら。

この気持ちに名前をつけてはいけないと思ってきた。
今まで、ずっと…







「お前は俺のこと好きなのか……?」

虚しい勘違いはしたくない。はっきりさせて終わらせるべきだと思った。
触れた体からセフンの強張りが伝わってくる。
答えは悲しいくらいに明らかだろう…

「ううん、そうじゃない」

心臓が叩きつけるように一度大きく脈打った。
わかっていたはずなのに、いざ突き付けられた刃はあまりに鋭利で胸に鋭い痛みが走り、苦痛に顔が歪む。
自分の肩に額を埋めたセフンには、その哀れな姿が見えていないことがせめてもの救いだった。

「…俺はお前の言うこと聞いてやれないよ…」
息を吐くように本音がこぼれ落ちた。
どこにも行くな
ずっと一緒にいたい
誰のものにもならないで
その願いを兄として叶えてやれるほど俺は強くないんだ…強くないんだよ、セフナ…

「違う…」
やっと聞き取れるかというくらい小さな声音で、セフンはぽつりと呟いた。
肩に乗る頭はぴくりとも動かない。

「何が違うって言うんだよ…」
セフンの言葉を聞いてやらなきゃと思うのに、込み上げる涙を堪えることに必死で、ほとんど息が漏れているだけのような弱々しい声がこぼれる。
束の間、お互いの鼓動まで聞こえそうなほどの沈黙がおりたーーー




「…愛してる
 ヒョンのこと、愛してるんだ…」

絞り出したような震えて滲んだ言葉が冬の冷たい空気の中に静かに放たれた。
ジュンミョンは一瞬、呆然とし息を詰めたが、じわじわとその一言一言が全身に染み渡っていった。

いつの間にかセフンは顔を上げていた。
ジュンミョンを食い入るように見つめる赤く染まった瞳から、滑らかな頬に涙の雫が一粒すうっとこぼれ落ちる。
その光景に張り詰めていた糸が切れたように、ジュンミョンは、はっと短く息を吐いた。一瞬で熱が顔に集まり、視界がぼやけたと思った時には、もうすでに涙がはらはらとこぼれ落ちていた。

「それは俺だって同じだよ…お前は家族同然なんだから…」
喉から出そうになった手を既の所で引っ込めた。
ジュンミョンはセフンから目を背けるように俯く。
…どうやら俺はお前のことになると、とことん臆病になるらしい。
この期に及んで、まだ予防線を張ろうとしているのだから…
お前まで巻き込んだらいけない…今ならまだ引き返せる…


「ヒョン、ごめんね…」

頭上から涙声が響いた。
セフンが徐に腕を伸ばし、ジュンミョンの両肩を掴む。
ジュンミョンが顔を上げると、眉根を寄せた苦しげなセフンと目が合った。そのままゆっくりと顔が降りてきて、そっと唇が重ねられ、すぐに離れていく。
ジュンミョンは驚きに何も言えず、セフンも何も言わないまま、ただ一心に見つめ合った。

もう、駄目だと思った。
ギリギリのところで踏みとどまろうとした理性が、セフンの熱い視線に溶かされる。心がどうしようもなくセフンを求めてる。セフンしか見えない…
ジュンミョンがそれらを言葉にすることはなかったが、セフンはジュンミョンの瞳が語る想いを受け取ってくれたようだった。またすぐに唇が重ねられる。ジュンミョンの頬には熱い涙が伝った。
今度は唇はすぐには離れてはいかなかった。何度も何度も啄まれる。
肩に置かれた手が首筋を這い上がり、耳を指の間に挟むようにして両顎を包み込まれると、口付けは深いものへと変わっていった。

「ヒョン…」
唇が触れる距離で囁かれる。
「ごめんね、弟でいられなくて…ヒョン、俺はたまらなく…ヒョンを愛してる…どこにも行かないで…俺のそばにいてよ…ずっと離れないで…」

違う、そうじゃないよ、セフナ。
心の中で否定する。
俺の方こそ…
ごめん、ごめんな…
お前を拒んでやれなくて…
兄じゃいられなくて…

もう自分の想いに嘘をつくことは出来ないと思った。つきたくないと思った。
ジュミョンはセフンの髪に両手を差し入れて頭を包み、その陶器のような肌に親指を滑らせて涙を拭ってやった。
円らな瞳が不安げにゆらゆらと揺れている。
あぁ、愛しい、愛しいセフナ。
ジュンミョンは胸に甘い苦しさを感じながら、セフンに自ら口付けた。
セフンが驚きに目を見開く。それを見届てから、ジュンミョンはその大きな体をくるむように優しく抱きしめた。

「俺だってずっと、ずっとお前を愛してたさ…とっくに兄貴なんかじゃなかったよ…」

ジュンミョンは自分の腕の中にあるセフンの温もりを感じながら、覚悟を決めたように大きく息を吐いた。

「愛してる…どこにも行ったりしない。俺にはお前しかいないんだから、どこにも行けるわけないだろう?」





その夜、元々ふたりの部屋のベッドで一緒に眠りついた。

セフンを自分の方へ引き入れ強く抱きしめると、腕の中の男は安心したように目を閉じた。

寝ている顔を見ていると幼く見えて、出会った頃の彼を思い出した。
まだセフンは中学生だった。
色々な思い出が走馬灯のよう駆け巡り、またすぐに消えていく。
次は未来が待っている…

これから、また誰かを傷つけるだろう。
そして、自分も身勝手に傷付くだろう。

ジュンミョンはセフンの額にそっと口付ける。
もう、どうしようもない。
自分は彼と一緒に生きていきたいのだから…




翌朝、セフンはジュンミョンに改めて自分の想いを告げてくれた。
酒に酔った戯言ではないと、
朝日が差し込み白いシーツが目に眩しい中、頬を桃色に染めて。
ジュンミョンがセフンを抱きしめ顔を覗き込むと、セフンは出会った頃と変わらない愛らしい笑みを満面に浮かべた。

お前のことが大切で、大切で、大切で。
心の底から愛してる。
どうしようもなく、愛してるよ。


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