セジュン

□Weakness
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最初に宿舎の部屋を一人で使いたいと言い出したのは誰だっただろう。
うちの事務所には設立当初から、集団生活を通してグループの連帯感を高めるという方針がある。
そのため宿舎の部屋は基本的には相部屋で、デビュー直後から一人部屋を使うということはほぼない。でも、決して強制ではないので自分たちからお願いしていれば一人部屋を使えるようになっていただろう。
けれど、僕たちが部屋の独立を申し出ることはなかった。若いうちは一人でいるよりも仲間と一緒にいることを望んだからだ。それはまだ若いうちから親元から離れている寂しさもあったのかもしれない。とにかく僕たちはどんなに忙しくても宿舎に帰ればいつも騒がしかった。
けれど、20代も半ばを過ぎるとその賑やかさも鳴りを潜めだした。誰かと騒いで夜更かしするよりも少しでも眠りたいと思うようになり、一人内省する時間を欲するようになった。特に自分たちのようにグループで常に共に活動しているなら一人の時間が欲しいと思うのは尚更のことで、気がつけばいつのまにかルームメイトを解消していないのはジュンミョンとセフンだけになっていたのだった。


「セフナ、お前はいいの?一人部屋じゃなくても」

ジュンミョンはずっと気になっていた。他のメンバーはみんな一人で部屋を使っているのにセフンは相部屋のままでいいのだろうかと。もしかして遠慮してる?言い出しにくい?もしそうだとしたら、自分がルームメイトを解消するきっかけをつくってあげないといけないのかもしれない、そう思った。
ジュンミョンはベッドのヘッドボードに背中を凭せて語学のテキストを読みながら、クローゼットの前でスーツケースを広げ、ツアーのための荷造りをしているセフンの背中に訊ねた。

「……ひとりで寝るの怖いから……」

セフンはスーツケースを閉じて部屋の隅に置くと、ゆっくり振り返り、おずおずとこちらを窺うように見た。

「ヒョンが不便なら一人部屋使ってもいいけど、俺は一緒に使う方がいい……」

セフンが掛け布団をめくって隣に潜り込んでくる。洗い立ての髪から自分と同じシャンプーが香り、綿シャツの肌触りのいい生地が腕に掠れた。セフンはまるで動物みたいに体温が高く、少し触れただけで、すぐにジュンミョンの体がじんわり温まっていく。

「そうか、わかった。じゃあ、このままにしよう」

「うん……」

殊勝な子供のような返事が鼓膜を揺らす。
ジュンミョンは胸にあたたかいような、キュッとつねられて少し痛いような気持ちを感じながらテキストをサイドテーブルにそっと置いた。
ジュンミョンは本音を言うと、少し一人で部屋を使ってみたいと思っていた。でも、あんな風に言われてしまうと断れない。
セフンのことはほんの子供の頃から知っていて、長年ルームメイトとして暮らしているから他の弟たちよりもずっと思い入れが深いせいでこんな気持ちになるのだろうか……?体は自分よりもずっとずっと大きいけれどセフンを抱きしめてあげたいし、包んであげたい。ジュンミョンの心の源泉からそんな想いが優しくあふれ出してくる。

「電気消そうか?」

「もう勉強しないの?」

「うん、もう寝るよ」

「じゃあ、消して」

真っ暗になった部屋の中でセフンの寝息が聞こえてくる。
恋人や親や兄弟よりも、ずっと近く感じる弟。別に霊的な感覚なんて持ち合わせていないけれど、セフンのことはずっと昔から知っていたような縁を感じる気がする。なんて不思議なんだろう……
ジュンミョンは背中にあたたかな温もりを感じながらそっと目を閉じた。




セフンside

セフンは眠るジュンミョンの首筋に鼻を近づけ深く息を吸い込んだ。
清々しいのにほんのり甘い香り。風呂上がりに限らず常にこの香りを纏っているから、きっと元々の体臭なんだろう。
セフンは薄闇の中にぼんやり浮かび上がる細くて雪原みたいに白い首筋に目が釘付けになる。俺がこの首筋にキスしたいと思ってるなんて目の前のこの人は思ってもいないんだろうな……セフンは密かに抱える強い衝動をグッと唇を噛んで堪えた。

セフンはいつも不意に我を忘れてジュンミョンに見入ってしまうことがある。
芸能界には数多の美麗な人がいる。10代からこの世界に身を置いているセフンにとって、綺麗で華やかな人たちを見るのはもう何年も繰り返されてきた日常茶飯事で、少しくらい綺麗なくらいじゃもう驚くことはない。
だけど、それなのにジュンミョンだけは例外だった。ほぼ毎日顔を合わせているのに、時々はっと胸をつかれるくらい綺麗だなと思う。それは目鼻立ちのことだけではなく、形のない神聖なもののためで、セフンはジュンミョンを見ていると昔通っていた教会のマリア像のことを思い出す。
触れることが許されない神聖な美しさ。ただ自分はそれをまんじりと見つめるだけ。それでも、それを手放したいとは決して思わない。隣にいられるならいつまででも居座っていたいと思う。たとえ、卑怯な手を使っても……
『ひとりで寝るのが怖い』そう言えば、弟に弱いジュンミョンが断れないことはわかっていた。でも、セフンは無闇に心霊現象の類を怖がるところがあるので怖いというのはあながち嘘というわけでもない。ただ正直やってやれないことはなかった。だけど、ジュンミョンを腕の中に閉じ込めていられる時間がなくなるのはどうしても嫌だった。駄々をこねる子供みたいに。
いつから自分はこんな気持ちを抱くようになったのだろう?これはいわゆる普通の気持ちの有り様ではなくなってしまっている。もう兄として慕っていると言うには些かならず男として彼に欲情してしまっている自分がいた。

『ジュンミョンといるとなんか俺変な気持ちになってくるんだよな』
そう、撮影現場でスタッフが言っていたのを聞いたことがある。その彼は自分は女が好きなのに、ジュンミョンに対してときめいて何でも尽くしてやりたくなると仲間に冗談めかして話していた。
彼にとっては一笑に付してしまえる程度の一時の感情だったかもしれないが、自分はそうではない。もしそうだったらどんなによかっただろうと思う。
セフンは昔、気まぐれにジュンミョンを組み敷く想像をしてしまったことがある。
どうしてそんなことをしてしまったのか、そのきっかけはもう思い出せないのだけれど、ただ今になって思うのは、あのときにはすでに一人の男としてジュンミョンへの恋慕が芽吹いていたのだろうということだった。
あの日頭に思い描いた艶かしいジュンミョンの姿は、セフンの脳裏に鮮明に焼き付いた。
頭の中のジュンミョンは自分の下であられもなく喘いでいた。卑猥に自分を求め、貪ってくる。
セフンは紛いもなく男の、女のようにくびれてはいない細く薄い腰を掴んで突き上げた。行為に夢中になりながら、ジュンミョンの美しさに頭の芯が痺れた。嗚呼、そのときのジュンミョンがどれだけ色っぽく美しかったことか……。セフンはジュンミョンが愛おしくて堪らなかった。
けれど、自分を慰めて我に返った。手の中に放出された白濁を見つめながら心底恐ろしくなった。なんてことをしてしまったんだろうと、あの人を自分が穢してしまったような気がした。
それからは二度とジュンミョンを穢してしまわないように必死に努めた。もう二度と過ちを犯さぬよう恋人を絶やさないようにした。
それなのにその努力も虚しく、恋人を抱いているとジュンミョンの顔が浮かんで恋人の顔とすげ替わった。頭を振ってジュンミョンの姿を打ち消しても、打ち消しても、ジュンミョンの姿がまた浮かぶ。ダメだ。やめろ。やめてくれ。お願いだから、頼むから、やめてくれ……セフンはどれだけ懇願したかわからない。
けれど、神様は非情だった。どんなに願ってもジュンミョンを忘れさせてはくれなかった。
本当はわかっていた。自分が求めているのはあの人だけなのだからこれは無駄な努力だと。
セフンは、どんなに自分が辛く苦しくても人を愛して優しく笑う健気なあの人のことが好きで好きでたまらないのだ。ずっと前から好きだった。あんな劣情を抱いたのも、体じゃなく心があの人を渇望していたからだ。
それなのに、セフンは恋人という名前だけの存在と恋の真似事をやめることはしなかった。すべては、あの人が望む通りの弟でいるために……
今日も明日もあさっても、恋人と睦みながらも心にはあの人だけを住まわせる。なんて虚しい、愚かなことをしているんだろう。
こんなに近くにいるのにあなたが一番遠い……
セフンは暗い部屋の中で愛しい人の背中をただひたすら見つめることしかできなかった。
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