ジュンミョン・他メンバー&セフン・他メンバー

□歪な家族
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自分たちにとって当たり前のことが、必ずしも世の中の常識ではないということを、僕は今日はじめて知ることになった。

「え…どういうこと……?」

僕と彼女の行きつけのカフェ。お気に入りの窓際の席で、彼女はコーヒーカップを持ち上げたまま固まってしまった。僕はそのいつまでも口をつけられることのないカップを見つめながら、冷める前に早く飲んでほしい、冷めたら美味しくなくなってしまうのに……と、そんなことばかり考えていた。

「どういうことって…今まで話したことなかったけ?」

「なっ、ないわよ!大の男同士抱き合って一緒に寝てるなんてっ!それに…私達が結婚したら彼も一緒に住みたいなんて、一体何考えてるのよっ!」

金切り声が店内に響き渡る。結婚が決まって、改めてこれからのことを具体的に話そうとなったから当然一緒に住むことになるジョンインのことを話したのに、そんなに興奮しなくても……そんな大きな声を出したら耳が痛くなってしまうよ……

「何って……ジョンインは子供の頃から僕の腕の中でないと眠れないんだよ。それに、僕だって長年の習慣でそうしないとよく眠れないんだ……それって、そんなにおかしいことなの?」

ジュンミョンが首を傾げると、彼女の顔がひきつり、また声を荒げる。

「おっ、おかしいに決まってるじゃないっ!もしかして…今まで、どんなに遅くても泊まらずに帰っちゃうのもそのせいだったの……?」

「そうだよ?」

彼女の口があんぐりと開いたまま固まる。奥歯に被さった銀歯が丸見えだ。二つある。

「はっ…、信じられないっ!あなた達子供じゃないのよっ!それともジュンミョン……あなた、まさか……ゲイ、だったの……?」

「ゲイ……?僕は君のことが好きだよ。結婚して、子供もほしい。何度も話しただろ?」

「ええ、家庭を築きたいって……でも、それは私じゃないとダメなの?私のこと本当に愛してるの……?」

「愛してるって、なに?」

彼女の目がこれ以上ないくらいに開く。興奮して少し赤らんでいた顔の血の気がサァっと失せていったような気がした。

「君のことは好きだよ。この店のコーヒーや、今日の晴れた青空と同じように。何より女の君は、子供を産んでくれるもの。そうしたら、ジョンインにたくさん家族をつくってあげられる。君は僕にとって大事さ」

バシャっと顔面に冷たいものが浴びせられる。水だ。彼女の飲み水だったものだ。髪をつたってポタポタと水がテーブルに滴り落ちる。

「あなた、おかしいわ……」

彼女はそう言い残して店を出て行った。ジュンミョンはお手拭きで水を拭いながら、コーヒーを掛けられなくてよかったと、そう思った。





「兄さん、おかえりなさい」

「ただいま」

アパートに帰ると、ジョンインが笑顔で出迎えてくれる。ジョンインの顔を見たら肩の力が抜けていく気がした。やっぱりジョンインがいる、この家がいちばん落ち着く。ほっとできる気がする。

「どうしたの?兄さん、びしょ濡れじゃない」

「あぁ、これは……彼女を怒らせちゃったみたいで……」

ジョンインが眉を顰める。少し悲しそうな顔。それは彼女の話題になるとジョンインがよく見せる表情だった。ジョンインはジュンミョンに背を向け、鍋の火を消した。

「……兄さん、食事はあとでいいから先に風呂入ってきなよ、風邪引いちゃうよ」

「ジョンイナ、彼女との結婚ダメになったかもしれない……」

その言葉にジョンインが素早く振り返る。

「でも、ちゃんと謝ってわかってもらうから、結婚してもらえるように……」

「そんなことしなくていいっ」

首筋にしがみつかれる。まわされた腕にゆっくり力がこもる。

「いいよ、結婚なんかしなくたって……俺は兄さんさえいてくれたら、それでいいから……」



ジョンインとは6歳のとき児童養護施設で知り合った。ジョンインはそのときまだ3歳だった。
初めて会ったときから、ジュンミョンはなぜかジョンインに懐かれた。服の裾を掴まれ、まとわりつかれ、いつも後ろをついてこられる。ジョンインはジュンミョン以外の子供に対しては人見知りだったので、自然とジュンミョンが面倒をみることになった。常に一緒にいると嫌でもジョンインに対して愛着が湧いた。そのうちジュンミョンは兄としてジョンインを守ってやらなきゃいけない、そう思うようになっていった。

ジョンインは一人では眠れない子供だった。夜が怖いといつも泣いていた。
ある夜、ジュンミョンは泣いているジョンインを自分の布団に入れてやった。ぐずるジョンインを抱きしめてやり、背中をさすってやる。自分も眠たかったが根気よくしてやった。すると、ジョンインはいつの間にか泣き止み、すやすやと眠りはじめた。それからは毎日ジュンミョンはジョンインを胸に抱いて寝るようになった。

そうしてそんな夜が数年続いたある日、ジョンインはジュンミョンの腕の中で精通を済ませた。ジュンミョンは、下着が濡れて漏らしてしまったと思い泣くジョンインを宥めて落ち着かし、施設の職員に見つからぬよう一緒にこっそり下着を洗いに行った。ジュンミョンが夢精というものを教えてやると、ジョンインは、夢の中でジュンミョンにキスされたんだと、そう言ったのだった。

施設には高校生までしかいられない。高校を卒業すれば施設を出て暮らすのが決まりになっているからだ。だから、3つ歳の離れたジョンインとは高校卒業と同時に離れ離れになる……はずだった。
施設を出る朝は、形ばかりの見送りが行われる。職員と子供たちが門出を祝ってくれる。見送る人達の中にジョンインの姿はなかった。施設の門を出て、駅に向かう。もう自分はここには戻らない。ふと一人で暮らすようになったら最後にジョンインに会えなかったことが心残りになるような気がした。ジョンインは一人になっても眠れるだろうか、そして、自分も一人きりで眠ることができるだろうか。頭の中に自分がひとりぼっちでベッドに横になる姿を浮かべてみたけれど、あまりに寒々しい光景ですぐに考えるのをやめた。駅に着く。ロータリーにバスが停まっている。バスに歩み寄るとエンジン音が腹の底に響いた。乗降口のステップに足をかける。足裏からアイドリングで震える車体の振動が伝わってくる……もうこの町に来ることもない……そう思ったとき、たった一人の顔が、自分に懐いて離れなかった少年の顔が一瞬頭を過ぎる……そのときだった。

「兄さんっ!」

遠くから自分を呼ぶ声。今まで幾度となく聞いてきた声。振り返ると、今しがた頭に浮かんだ少年、ジョンインがスポーツバックひとつ持って立っていた。

「お願いっ!俺もっ…、俺も一緒に連れてって……!」



あれから、6年経つ。ジョンインは奨学金を使って高校を卒業した後、居酒屋で働きだした。ジュンミョンは、出来れば大学に通わせてやりたいと思っていたけれど、それはジョンインに自分も働きたいからと断られてしまった。
上京当時、家賃の安さだけで選んだ築30年のアパートに相変わらずジョンインと住まい、決して裕福な暮らしではないけれど、二人とも働いているしなんとかやっていけている。
今日はジュンミョンもジョンインも仕事が休みで、いつも特に用事もなければ夜の10時までにはベッドに入る。二人とも施設で染み付いた早寝早起きの習慣が何年経っても抜けなかった。
ジュンミョンがベッドに潜り込むと、ジョンインもほぼ同時にベッドに入ってくる。冬でも暖房はほとんどつけない。隙間がなくなるほど身を寄せ合って眠っているとそんな必要もなかった。
お互い向かい合って横になる。ジョンインがそろそろと腰に手をまわしてくる。ジュンミョンもジョンインの首に手をまわす。しばらくそうして、ジュンミョンがうとうとし始めたころ、下腹部に硬いものがあたった。

「兄さん、キスしてもいい……?」


これも子供の頃からの習慣だった。
ジョンインは初めての精通のあとも、ジュンミョンの腕の中で夢精を繰り返した。ジュンミョンはトイレでささっと済ましてしまうけれど、ジョンインはマスターベーションをしたことがないようだった。
ある夜、ジョンインが中学1年になってすぐの頃だったと思う。いつものようにジョンインを抱きしめていると太腿に硬いものがあたった。驚いてジュンミョンが薄目を開けると、苦しそうな顔でこちらを見つめるジョンインと目が合った。「抜き方、わかる?」と聞くと、ジョンインはわずかに目を見開き顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「おちんちん、握ってみな」

ジュンミョンが囁くと、ジョンインが息を呑んだ。くりくりと丸い目が揺れる。その目は泣いているのかと思うほどに潤んで見えた。しばらくのあいだジョンインは躊躇っていたが、そのうちそろそろと自分の股間に手を伸ばした。

「扱いてみて」
「し、しごく……?」

ジョンインの顔が苦しそうに歪む。仕方ないのでジュンミョンはジョンインの下着の中に手を入れた。

「僕の真似っこしてみな」

上下に擦ってやると息切れしたみたいな短い呼吸を繰り返し、あとで自分でさせるつもりだったのに、ジョンインはあっという間にジュンミョンの手の中で白濁を吐き出してしまった。

次の日もジョンインの股間は同じように硬くなった。昨日のようにやってみろと言ってもたどたどしいので、ジョンインの手ごと握り込んで一緒に扱いてやった。その次からはジュンミョンの手は借りなくなったものの、ジョンインがマスターベーションをするのはいつもジュンミョンの腕の中だった。そんなことが続いたある日、ジョンインが言った「キスしてもいい?」と。ジュンミョンは「いいよ」と答えた。それからジョンインは、ジュンミョンに口づけながら自慰するようになったのだった。


「兄さんっ、……兄さん……っ、」

口づけの合間に何度も名前を呼ばれる。そのあいだジュンミョンは子供にするみたいに頭を優しく撫でてやった。
やがてジョンインは口づけを解くと、ジュンミョンの肩に顔を埋め、間断なく荒い息を吐いた。体が細かく震え、ジョンインの体の強張りがとけて弛緩するのがわかる。

「終わった?」

コクコクと首が上下に動く。

「……ジョンイナ、彼女とはどうなったの?」

ジョンインの柔らかい髪を梳くように撫でながらジュンミョンは唐突に気になったことを訊ねた。ジョンインは毎晩自分と過ごしているけれど、そのことを彼女は許してくれているのだろうか、と。ジュンミョンが結婚することになったとジョンインに報告してまもなく、ジョンインから同じ職場の女性と付き合うことになったと聞かされた。あれからもう三週間は経つ。けれど、ジョンインはそれから一度も外泊していない。かつてジュンミョンもそうしていたけれど、どうやらそれは他人には受け入れてもらえないということが今日の彼女の態度でわかったところだ。ジュンミョンが知る限り、ジョンインが誰かと付き合うのは初めてだった。兄として、初めての彼女とうまくいってほしいと思った。ジョンインの彼女も怒り出してしまわないか心配だった。

「もう、いいんだ……彼女とは別れる……」

「どうして?彼女と付き合って結婚すれば、家族がつくれるよ」

ジュンミョンの脳裏に施設にいた頃の思い出が蘇る。ジョンインは子供の頃、ホームドラマが好きだった。施設にひとつしかない食堂のテレビで食い入るように見ていた幼い横顔。
施設の子どもたちにとってホームドラマで描かれる世界はまるで幻の桃源郷のようだった。母親と父親がいて、子供たちが笑う和やかな食卓。明るく響き渡る団欒の声。それらの自分たちがどんなに望んでも手に入らないものをまざまざと見せつけらるものを好んで見る子どもなどいなかった。けれど、ジョンインは違った。画面を食い入るように見つめる瞳はキラキラと輝き、物欲しそうで悲しげどころか楽しそうに見ていた。
ジュンミョンはいつか疑問に思って聞いてみたことがある、見ていて辛くならないのか?と。ジョンインは首を振った。「どうしてそんなに楽しそうなの?」とジュンミョンは続けて訊ねた。するとジョンインは、はにかみながらもしっかりジュンミョンの目を見据えてこう言った「好きな人との将来を想像してるんだ」と……そのときジュンミョンは、ジョンインにとって家族を持つことはよっぽど強い夢なんだなと思った。
きっとその夢を実現するのは早い方がいいに決まっている。なのにジョンインはなかなか彼女をつくろうとしない。だから、のちにジョンイン自身が家庭を築くとしても、自分でよければ少しでも早くその夢を叶えてやりたい、そう思ったのだった。

「俺は…俺は…、兄さんでないと……兄さんでないとダメだから……」

「でも、ジョンイナ……」

「俺は、兄さんさえいてくれたらそれでいい……」

ぎゅうっと痛いくらいに強く抱きしめられる。

「そう……でも、いつかはまた彼女ができたらいいのにね」

ジュンミョンはしがみついてくるジョンインを抱きしめ返しているうちに眠りについてしまった。
深い眠りに落ちたあとで、何度も何度も自分を呼び啜り泣く声など聞こえるはずがなかった。

「兄さん…兄さん…兄さん、兄さん……っ」


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