他メンバー

□夏の秘密
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翌日の部活帰り、俺たちは“デート”と称して街に繰り出した。
今日はデートの日やからてっきり体育倉庫での特訓はお役御免かと思ってたのに、今日もきっちり1時間早く登校させられ特訓は行われた。
特訓やゆうてもまた手ぇつないで話するだけで、これでほんまに女の子が苦手じゃなくなるんかはやっぱりイマイチようわからんままや。おまけに今日はデート用の着替えまで持参させられ、部活終わりの汗まみれの体を入念にタオルで拭いて私服に着替えることになった。俺が一旦家に帰って風呂入ってまた集合したらええやんと言うと、時間がもったいない、少しでも長く一緒におりたいとチャニョルがまた例のうるうるの瞳を向けて言うので俺は首を縦に振ることになった。

「ベッキョナ、どこ行きたい?」

部活は午前中に終わったといえ夏真っ只中の今は時間を問わず死ぬほど暑い。あちこちで蝉がけたたましく鳴く声が聞こえる。もしかしてあれは蝉も暑い!暑い!って悲鳴上げてんちゃうか?と、灼熱のアスファルトの上を歩きながら俺はアホなことを考えた。

「暑い……喉乾いた……なんか冷たいもん口に入れな死ぬ……」

「ほんならパッピンスでも食べ行く?」

「うん、なんでもえぇ……とりあえず、からだ溶けてまう前に冷房が効いたとこ行こ……」

チャニョルに連れられて向かった駅前に新しくオープンしたパッピンス専門店は、かなり繁盛しているようだった。
客のほとんどは若い女の子で、男性客もちらほらいるが必ずカップルとおぼしき男女のペアで、男同士で来てるのはチャニョルと俺くらいのもんやった。
普段やったら多少人目も気になってたかもしれんけど、あまりの暑さでそれどころではない。俺は躊躇いなく店内に足を踏み入れ、案内された席にどっかりと腰を下ろした。目の前に冷房が設置されている席で、冷風が汗だくの体を急速に冷やしていく。最高や。俺は思わずおっさんが風呂に浸かったときみたいな野太い声を吐き出した。

「最高やあぁぁ……死なんで済んだアァァ……」

「よかった。ベッキョンが死なんで」

チャニョルは心底嬉しそうに言った。なんでそんな爽やかやねん。そういえば、ここに来るまでの道中でさえチャニョルは終始楽しそうで、今もずうっとニコニコニコニコしてる。
そのうえベッキョンが玉のような汗をダラダラ流してるのに対し、チャニョルは額にうっすら汗が浮かんでるかな?くらいの程度なのが信じられない。え、何?チャニョルもいま俺と一緒に灼熱地獄を一緒に歩いて来たんやんな?嘘やろ?逆に生物としての機能が心配なるわ。

「なに食べる?うわぁ、どれも美味しそうやなぁ!僕、迷うわぁ……」

チャニョルがうきうきした様子で立て掛けてあったメニュー表を広げてくれる。メニューはカラー写真付きで確かに見ているだけで美味しそうやし彩りがめっちゃ綺麗やった。店内も落ち着いてよく見ればおしゃれやし、女の子に流行るんも分かる気がした。俺はとにかく暑くて涼しかったらどこでもええと思ってたけど、チャニョルが選んだこの店はデートにはピッタリやと思った。

「ほんまや美味そうやなぁー、ほんなら俺はマンゴーのんにしよかな」

「僕は、いちごにする」

店員を呼ぼうと辺りを見渡していたところにちょうどおひやを持った女性店員がテーブルにやってきたので声を掛ける。

「すんません。このマンゴーのんがひとつと、いちごのがひとつ、以上でお願いします」

「……あれ?もしかしてベッキョンちゃうん?」

「は?」

メニューに落としていた顔を上げると目も口もポカンと間抜けに開いた女が立っていた。だれやねん……と、女の顔を凝視しながら数秒考えるとすぐに答えが浮上してきた。

「ヘリか……?」

ヘリは地元の幼馴染で幼稚園も小学校もずっと同じやったけど、ヘリは公立の中学に行き、俺は私立に行ったので自然と疎遠になった。会うのは中学入学してすぐに地元の連中で集まったとき以来やった。

「そうやん!めっちゃ久しぶりやなぁ!あんた全然変わってへんからすぐわかったしっ!元気してんのん!」

「まぁな、お前は聞かんでも元気そうやな」

「うるさいわ!まぁ、ほんまに元気やけどなっ。あ、やば、店長こっち見てるわ……ちょ、あんた後でLINEのID教えてや」

「えぇ…ジョンデにでも送ってもらえや」

「じゃかましい。このペンでそこの紙ナプキンにでも書いといて」

胸ポケットから取り出したボールペンがテーブルの上に雑に置かれる。

「あ、ほんまヤバいわ……じゃあ、行くから頼むで」

ちょっとサービスしといてくれやーと去っていく背中に向かって言ったら、肩越しに睨まれた。おぉコワっ。てゆうか、今どきこんなアナログなやり方せんでもQRコード読み取るとかもっとあるやろ……あ、それこそ仕事中にそんなことしてたら怒られるんか。

「知り合い……?」

ヘリの背中をぼんやり見送ってたらチャニョルに訊ねられた。ヘリの勢いに圧倒されてすっかりチャニョルの存在を忘れとった。

「あぁ、そやねん。地元のツレ。こんっなちっこい頃からの付き合いやねん」
俺は大袈裟に椅子の座面の高さで手をかざして見せる。それから言われた通りIDを書こうと、備え付けの紙ナプキンに手を伸ばした。

「あいつ、にぎやかやろ?ほんま昔からいっこも変わってへんわ」

「ふうん……」





「お待たせいたしました」

パッピンスはあっという間に運ばれて来た。まだ紙ナプキンにLINEのIDを書き殴っていた俺は、その慇懃な接客と澄ました声がヘリのものだということに顔を上げるまで気付かなかった。

「おっ、サービスしてくれたんかっ?」
別にほんまにサービスなんかしていらんけど、ついつい軽口をたたく。

「いちごの方は少し多めにトッピングしております」

「なんでやねんっ!マンゴーは!」

「……なんで分かったんですか?誰がどれ頼んだって聞かんかったでしょう?」

チャニョルが徐に訊ねた。そう言われてみたらそうや。誰がどれを注文したか何も言わんかったのに、いちごのパッピンスはチャニョルの前に、マンゴーのパッピンスは俺の前にちゃんと置かれている。

「いや、ベッキョン昔からフルーツといえばマンゴーやったんですよ。でも、よかった当たってて……すみませんでした、騒がしくしちゃって。ゆっくりしていってくださいね」

「いえ……」

「なんやねんズルイやんけ、チャニョルだけっ」

「じゃかましいわっ!」

チャニョルに向けていたよそゆきの笑顔が一瞬で消え去る。ヘリはIDが書かれた紙ナプキンを、これもらっていくで!と、掠め取り颯爽と店の奥へ戻って行った。

「ふっ……まぁ、全然ええねんけどな。チャニョル、せっかくサービスしてくれたみたいやし遠慮せんと食べや」

「うん……」

チャニョルはすぐには食べ始めず、しばらく山盛りのパッピンスをじっと見つめていた。それから徐にスプーンをいちごの山に突き刺すと、そこからはただ黙々と食べ進めていった。


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