セジュン

□どうしようもなく、
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宿舎の地下駐車場に車を停め、エレベーターに乗り込む。
現在、この宿舎に住んでいるのはセフン、チャニョル、マネージャー、俺の合わせて4人だ。本当はその中にギョンスもいるけど現在兵役中で、チャニョルはというと一応部屋はあるが、ほとんど自分のスタジオで寝泊まりしてて帰ってこない。だから実質、宿舎暮らしは俺とセフンとマネージャーの3人のようなものだが、今日はマネージャーも実家に帰省していてるので、もし今日オフのセフンが出かけていなければ宿舎には俺とセフンの2人しかいないことになる。俺は先程駐車場で見かけたセフンの車を思い浮かべセフンが車を置いて出かけてくれてることを願いながらエレベーターを降りた。

「おかえり」
セフンがテーブルに突っ伏していた顔を上げた。午前0時頃、リビングに入るとテーブルに突っ伏すセフンが一番に目に入ってきて2人きりになりたくないという俺の願いは早々に打ち砕かれた。

「お前、こんな所で寝たら風邪引くぞ。さっさと布団入って寝ろよ」
「ヒョンのこと待ってたんじゃん。ちょっとここ座ってよ」
セフンは腕を伸ばして向かい側のテーブルをペタペタと叩き、それから目で促した。俺は言われた通りに席につく。向かいに座るセフンはよく見ると顔がほんのり赤らんでいた。そういえば呂律も少し怪しかったな。
「何だよ」
「………」
セフンは何の言葉も発さず、こちらをただじっと見つめてくる。ただの酔っ払いなんだろうけど、やめてくれよ…お前の視線に耐えられるようなメンタルは持ちあわせてないないんだよ。

「…なんもないなら、もう寝るから」
席を立って部屋に戻ろうとしたら手を掴まれた。その手はとても熱かった。

「久しぶりだね。こうやって話すの。前まで毎日、必ず話ししてたのに。1日の終わりにヒョンと話すのがなんか儀式みたいだったのにさ」
俺だってそうだったよ。でも、それをしなくなったのはお前がまともな時間に帰ってこなくなってたからじゃないか……

「どこ行ってたの?」
「どこだっていいだろ。お前だいぶ呑んでるだろ?さっさと寝ろ。明日早いぞ」
「彼女と会ってたの?」
セフンには何も言ってなかったのに何でそれを知って…
「こないだたまたま先輩に会って聞いた。紹介してもらったんだって?」
彼女を紹介してくれた先輩とセフンは俺を通して知り合った仲で、先輩はセフンのことを気に入ってとても可愛がっていた。

「あぁ…紹介してもらったよ」
「……うまくいってんの?」
セフンは俺の手を掴んだまま椅子に座りこちらを見上げてくる。俺は居た堪れない気持ちで目を逸らした。ただ弟して興味を示しているだけのセフンとこの話を続けるのは辛い。自分で選んだくせに、こんなことでこれからどうするつもりなんだ俺は…

「あぁ…俺、もう寝るから。セフンもちゃんと自分の部屋行って寝ろよ」
俺たちは数ヶ月前から相部屋を解消していた。今俺が使ってる部屋は以前俺たちが相部屋として使っていた部屋で、セフンは習慣によるものなのか未だに俺のベッドで寝ることがよくあった。それは仲の良い兄弟のような関係と思っているセフンにとっては特別なことじゃない。でも、俺はそうじゃないから…お前のこと、ただの弟と思ってないから…

「じゃ…おやすみ」
おやすみと言いはしたけどきっと眠れないだろうな、なんて考えながら今度こそ部屋に行こうと歩き出したとき、セフンが立ち上がって掴んだままだった俺の左手をぐっと強く引っ張った。その拍子にバランスを崩した俺の体はセフンの腕の中に受け止められた。

「ヒョン……」
セフンは俺の左肩にそっと額を預けると蚊の鳴くような声で俺を呼んだ。

「心の御守りなんだ……」
こころのおまもり…??
俺は何のことかわからずセフンが言葉を継ぐのを待った。

「……俺にとってヒョンはいつも身に付けてる御守りみたいな人なんだ…それがあるから安心出来るし、頑張れるみたいな……」
セフンは一旦言葉を切ると俺の肩に額を預けたまま大きく息を吐いた。胸のあたりに湿った息がかかって温まると同時に僅かに酒の匂いが鼻を掠めた。

「先輩が言ってた。彼女、結婚願望が強いんだって。そんでヒョンは仕事以外は無精な人だし、本当は甘えたい人だから、ヒョンさえその気になれば結婚はお互いにとってすごく良いことだろうなって言うんだ先輩が。俺、ジョンデヒョンが結婚したときに「あぁ、もう俺たちもそんな年齢か」って思ったのに、ヒョンに関してはヒョンが仕事一筋だったから、なんかそういう当たり前のことを考えてなかったんだ…でも、先輩の話聞いて、そうか、ヒョンが恋愛するってことはその先には結婚があるんだなって…ヒョンがここから出ていく日が来るんだなって…そしたら、なんか…俺の体の一部が無くなるみたいだなって……」
俺は自分の肩のあたりが濡れてきたことにも、自分の目頭が熱くなってることにも気付かないフリをして捲し立てる。

「何言ってんだ。ヒョンから聞いたぞ?部屋探してるんだって?お前ももうすぐ宿舎から出てくくせに何言ってんだよ」
ついこないだマネージャーからその話を聞いて、セフンへの想いを持て余していた俺は内心ほっとしたんだ。
「俺が出ていくのと、ヒョンが出ていくのとは意味が違うんだよ。出ていく理由が結婚だったらもっと違う。それに、出ていかなくてもヒョンが誰かと付き合うなんて…」
そこでセフンは言葉を切ってしまう。付き合うなんて…なんだよ?なんで不満そうに言うんだよ…

「悪いかよ。俺だって恋愛くらいするさ。仕事ばっかりじゃつまらないんだよ」
嘘を吐いた。お前のことがなければ、きっと変わらず仕事人間だったさ、表面上は。

「悪くはない…悪いわけない…でも……」
セフンはそこで漸く顔を上げた。 
「どこにもいかないでよっ…」
子供が駄々を捏ねるみたいな物言いなのに、苦痛に歪んだ表情がその必死さを伝えてくる。お前は一体何を言ってるんだよ……

「矛盾したこと言ってんのはわかってる…ヒョンには幸せになってもらいたいと思ってる…でも、俺…ヒョンとずっと一緒にいたい…ヒョンと毎日話がしたい…俺は、ヒョンのところに帰りたいっ……誰かのものになんてならないでよ……」
最後は方は涙声で消え入るような声だった。そして、言い終わるとセフンは再び俺の肩にそっと額を預けてきた。俺はただ棒のように立ちその体を支えた。
静かな部屋にセフンの鼻を啜る微かな音だけが響く。
俺もなんだか泣けてきたけど、溢れる涙を止めようとはせずに放っておいた。放っておくと涙は面白いくらい次々に溢れほろほろと頬を滑り落ちていった。

「なぁ、セフナ……お前、それどういう意味で言ってる?」
そう言った瞬間、俺の肩に乗ったセフンの頭からセフンの体が僅かに硬直したように感じた。俺は構わず続けた。

「お前は俺のこと好きなのか……?」
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