セジュン

□Weakness
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ジュンミョンside

「セフンが一人暮らし?」

ジュンミョンは漢江沿いを移動中の車でマネージャーがこぼした、セフンが一人暮らしをするために部屋を探しているという言葉に耳を疑った。
セフンが一人で眠るのが怖いと言っていたのはいつのことだったか。まだ1年も経っていないのではないか。それなのに宿舎を出るだなんて俄には信じられなかった。
バックミラーに映る、夕日を浴びてオレンジ色に染まったマネージャーの顔が柔らかく笑みで崩れる。

「心配か?信じられないよなぁ、俺たちのセフンが独り立ちだなんて。まだまだ俺たちにとっては子供の感覚だけど、考えてみりゃもうとっくの昔に大人の男だもんな。ちょっと宿舎が寂しくなるけど仕方ないよな」

マネージャーはしみじみと語った。
うん、寂しくなるね……とジュンミョンは窓外の夕焼けを見つめながらひとり言のようなか細い声音で呟いた。
自分の視界が霞んでいるのは漢江の川面が煌めいて眩しいせいなのか、寂しさで涙が勝手に滲むせいなのか……
セフンはどうして宿舎を出ることを自分には話してくれなかったんだろう。長年のルームメイトなのだから一番に話してくれたっていいのに。ジュンミョンは流れていく景色を眺めながら、なんだか何もかもが寂しくて仕方なかった。

その日、雑誌のスチール撮影のスケジュールがあったセフンが宿舎に帰ってきたのは深夜、ジュンミョンが眠りにつこうとしていたときだった。
そっと部屋の扉を開けて入ってきたセフンの姿が、ベッドサイドテーブルに置いたテーブルランプの火色の中でぼうっと浮かび上がっている。

「おかえり。撮影だいぶ長引いたんだね、お疲れ様」

「うん…ただいま」

セフンがクローゼットを開いてコートを脱ぐ。ジュンミョンはその背中に向かって話しかけた。

「部屋探してるんだって?宿舎出て行くんだね……」

その言葉に、ハンガーにコートを掛けていたセフンの手がピタリと止まった。一瞬わずかな間があいて硬い声音の返事がかえってくる。

「うん、そのつもりでいる」

「そっか……そっか……」

マネージャーからは聞いていたのに改めて本人の口から聞くと胸にこたえた。寂しい、どうしようもなく寂しい……
子供が親離れしてしまう寂しさ。大人になって子供の頃からの親友と徐々に疎遠になっていく寂しさ。親がどんどん年老いていくのを眺める寂しさ。
色んな寂しさがあるけれど、どれにも当てはまらない。いや、その全部がいっぺんに押し寄せてきてもまだ足りない……心に途轍もなく大きな穴があいて体が動かなくなってしまうような心許なさ。こんな寂しさは他に知らない。経験したことがない。ただ弟と一緒に暮らせなくなるというだけでこんなに寂しいなんて、そんなの知るわけがない。

「おやすみ」

風呂に入り、ベッドに入ってきたセフンに声をかけられた。
しばらくすると夜の闇の中でセフンの寝息が聞こえてくる。スースーと小さな鼻息。そんなものに安心させられていたことを今さら思い知る。それも、すぐ隣に感じる肌の温みも、もうなくなってしまう。セフンとはもう一緒に暮らさないのだから……ジュンミョンは締めつけられるように痛む胸を抑え枕に顔を痛いくらい強く埋めて目を閉じた。


セフンが宿舎を出てから1ヶ月ほど経った頃、セフンの家に引っ越し祝いを兼ねてみんなで集まることになった。
ソウルの一等地に建つセフンの家はどこもかしこも広かった。玄関、リビング、寝室、バスルーム、バルコニー。そのどれもが驚くほど広々として、しかも洗練されたお洒落なつくりだった。
もちろんそんな家だからキッチンも広く、その日のご馳走を担当する料理人ギョンスのテンションも上がり、うきうきと楽しそうに調理していた。
ジュンミョンは騒がしいマネージャーとメンバー達を尻目にその茫洋とした部屋を眺めた。
ひとりで眠るのが怖いと言っていたくせにこんな広い家に一人で大丈夫なんだろうかと、ぼんやり考えてすぐに苦笑する。大丈夫にきまってる。だから出て行ったんじゃないか。いつまでもセフンは子供じゃないんだから、いつかは自分とは暮らさなくなるのは当然だろう……
久々にメンバーが集まった食事会はとても楽しかった。やっぱり気心の知れた人と過ごす時間は穏やかで心地良い。みんなが笑い合って騒がしい中、ジュンミョンがメンバーと楽しく酒を飲めていたのは最初の1時間ほどだった。

夢と現実の間の朧げな世界の中で、メンバー達の声がまるで微かな音で水面を揺蕩う小波のように聞こえてくる。


「ジュンミョニヒョンまだ寝てんの?」

「うん、さっき様子見に行ったけど熟睡してるみたいだった」

「じゃあ、寝かしといてやりなよ」

「そうそう、あいつ明日はスケジュールないし泊まらせてやれ」

「じゃあ、俺たち帰るわな」

ガチャリと扉が閉まる音がすると同時にジュンミョンは目を開いた。知らない天井に知らない照明器具。一体ここはどこだ?と一瞬混乱してすぐに思い出す。セフンの新居だ。
いかにも値の張りそうな軽いのに暖かい布団を押し下げて体を起こす。
どうしてベッドで寝ているんだっけ……と考えて映像が頭に浮かび出す。ジュンミョンは飲んでいる途中でどうしようもない眠気に襲われて船を漕ぎ出し、それを見かねたメンバーがセフンに寝室で寝かせてやれと言ったのだ。そして、ジュンミョンはセフンに担がれてここに運ばれてきた。
記憶はしっかりある。悪酔いはしていない。頭も痛くないし気持ち悪くもない。強いて言えば、ふわふわと体が漂っているような感覚が少しあるだけで、寝たおかげかむしろ頭はスッキリしているような気さえする。これなら人の手を煩わせず宿舎に帰れそうだ。
ジュンミョンはベッドから出ようと足をベッドサイドへ投げ出し、足元にあったゴミ箱に何気なく目をやった。その瞬間、心臓が拳で叩きつけられたようにドンッと大きく鳴った。
使用済みのコンドームが捨ててあった。
その淫靡な残骸を前に呆然として動かない肢体とは反対に、心臓は痛いくらい早鐘を打ち出し、視界のゴミ箱はぐらぐら揺れて定まらなくなる。別にこんな風に動揺したっておかしくはない。目につくようなところにそんな物があると思わなくて心底驚いてしまったんだ……いや、本当にそうなのか……?
ジュンミョンは先ほどまで自分が呑気に眠っていたベッドに目を移した。考えようとしなくても勝手に頭が想像力を働かせはじめる。このベッドで眠ったのは自分が初めてではない。ここで誰かをセフンは抱いたのかもしれない……セフンが誰かを、抱いた。
ありもしない像が脳裏にはっきりと結ばれる。胸が痛い。引き裂かれるみたいに痛い。どうしてこんなに胸が痛いんだ……?
子供の頃から知っている弟ような男の生々しい一面にショックを受けてるのだろうか?いや、違う。子供みたいに可愛いとは思うけど、もうちゃんと大人の男だと、ずっとそばで見てきたのだからわかっているし、全て受け入れてる。じゃあ、なんで自分はこんなに動揺しているんだろう?もしかして自分は……まさか……傷ついてるのか……?
セフンへ向ける自分の想いがストンと胸に落ちると、ジュンミョンの視界に納まるくたりと打ち捨てられたゴミ箱の中のそれがみるみる涙で霞んでいった。
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