じゃじゃ馬行進曲
□序章 おてんば姫君
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時は正徳元年、花の香り満ちる烏丸今出川の近衛邸の庭を毎日のように駆け回っているのは、時の摂政の幼い姫君であった。
摂政には2人の男子と4人の女子があるが、長女は既に嫁ぎ、次女は養女に出された挙げ句既にこの世に亡い。
よって残ったのは、とうの昔に元服を済ませた長男(内大臣)と、まだ尼削ぎが愛らしい三女と四女、それに乳呑み子の次男である。
特に年の近い2人の姫君は、常に寄り添うように目まぐるしい1日を送っている。
「母君、母君、これ、誰の手やと思いますゥ?」
「これは…声はお安己やけど、手ェはお常やな。 母君を騙そうとしても巧いこといきまへんえ」
「やっぱり母君は誤魔化せんのかァ」
高位の姫君がほとんど外出せず、箱入り娘として育てられる中で、近衛家は北の方に仕えていたおつまという娘が後添いとして入ったお陰で、2人の姫君は朝な夕な敷地内を駆け回っては家女房の大目玉を喰らっている。
「常君さん、安己君さん、またお戯れを!」
「きゃーっ! お逃げ遊ばせよ、安己君さん」
「お待ち遊ばして、姉君ィ」
姫さんたちは今年でもう10と8つにおなり遊ばすのに、いつまでお転婆が直らんのや、と家女房はこぼす。
ここに母おつまがよしなに取り成そうとするのだが、逆効果だ。
「ほんまにあれで嫁の貰い手があるんやろか…」
「今日も八十君さんの御殿に行かはるんやな」
八十君というのは、摂政の妹で、2人の姫君から見ると年下の叔母に当たる。今年で6つになり、年回りが良いので、叔母と姪の垣根も無く親しいのだ。
「おつまの方さん、あんたもえらい能天気なお人や!」
姫君が快活に跳ね回り、それを温かく見守る母君。そこに口を出す家女房。
近衛邸は、自由で伸び伸びとした雰囲気が保たれていた。