書籍

□山姥切
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俺は、この時間が苦手だ。
いつも被っている布地を剥がされ、戦で負った傷を手入れされるこの時間が、苦手で仕方がない。
逃げ出したいくらいだが、傷を負ったままでは主の役に立つことなどできない。

そもそも、主は何故に俺を第一部隊に配属するのだろう。
俺なんかよりも強いやつならいくらでもこの本丸にはいるだろうに。

こんな風に傷を癒して。
時間もかかるのにこんなに丁寧に。

絶対に、俺の表情はぶすっとして可愛くないに違いない。なのに、主は優しく微笑みながら俺を手入れする。

「・・国広は本当に綺麗ですね」

主に『綺麗』と言われるのが苦手だ。

優しく微笑んだ表情のまま、主はいつも同じようにその言葉を口にする。

「・・やめてくれ・・綺麗なんかじゃない」

傷を癒す、あたたかな主の手のひらが、苦手だ。
俺の頬をその手のひらが撫でるたびに身体が熱くなる。


「良いではありませんか。国広の綺麗な顔が見られるのは、この手入れの時しかないのですから」


いつもは布地で隠してある顔を、この手入れのときばかりは無理矢理にでも剥がされてしまうのだ。

見られたくない。
このニセモノの姿を。
それは、主にでさえも、同じことだ。

ニセモノの俺なんかが、ホンモノのやつらと一緒に戦に出ていること自体がおかしいのだ。
主に優しくされる理由も持ち合わせてはいない。

「・・国広にはもっと自分自身を愛して欲しいのです。たとえ、誰がなんと言おうとも、あなた自身が思おうとも。国広は、私にとって大切な刀。本当で、本物の、ひとつだけの私の国広です」


それは主の本心なのだろう。
嘘偽りのない、主の気持ちなのだろう。
けれど、俺にはその主の気持ちを無条件に受け止められるほどの器ではないのだ。

勿体無い。俺なんかに。俺なんかに。

「…・・さ、終わりましたよ」

俺のそんな表情をみて、主は少し寂しげな顔をみせた。
その姿にちくりと胸が疼いて、苦しくなった。
苦手な手入れの時間が終わったのに、息を吸うのが苦しくなった。

動かない俺の姿をみて、主がいつもの布地を俺の頭に被せてきた。
すぐに、いつもの世界に戻る。
なにもみえないせかい。

「・・主様」

自然と、主を呼んでいた。
主を呼んで、視界を広めようと顔を上げたら、布地がするりと床におちていった。
主が驚いた表情をして、俺を見つめていた。

「手入れの時以外であなたの顔が見られるなんて・・」

主はそう言って笑顔の表情に戻って、手入れのときのように優しく手のひらで俺の頬を撫でた。

主の笑顔があたたかい。
胸がすとんとおちて、息が自然とできるようになっていく。

ああ、俺が拗ねるたびに、主はあんな哀しい顔をしていたのかと思うと、また胸が痛くなった。
主には笑顔のままでいてほしい。
そんな願望が俺の中に生まれていく。

「ありがとうございます、国広。少しずつでいいから、そうやって、あなた自身を認めてあげてください」

主が笑顔になるのなら、このニセモノの姿をみせてもいい。
そう、思った。
ニセモノでもいい、そう思い始めた。
主がこうやって抱きしめてくれる、それだけでいいと思った。
抱きしめてくれる主の顔を、じっ、っと見つめた。
優しい微笑みと視線が混じり合う。
すると、主の双眸に映る自分自身の表情が笑っていることに気がついた。

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