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□Web拍手
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冷たい窓辺に腰掛けて、ゆっくりと空を見上げる。
すっかり太陽の光がおちてしまうのが早くなってしまった。
真っ暗な世界は、少しだけ人の活動を制限する。
だれしも、明るい方が生きやすい。

けれど、私はこの夜空の方が好きだ。
暗澹の空にも負けず、眠らない街の人工の光が何だか愛おしくなる。
私のこの窓辺から見える街中は、この全てのほんの少しでしかないけれど。
あの中で、どこかで彼が今日も頑張っている。
そう思うと、よく冷たいと揶揄される人工的なそれも、暖かく感じられる。

しばらく、マンションの窓辺から街中を見下ろしていると、聞きなれた電子音。
わずかに震えるポケットの中から目的のものを取り出し、液晶に写った文字を見て驚く。
操作を間違えてしまっては、彼が拗ねてしまう。
間違えないように慎重に指先で触れて、もしもし、と四角い向こう側に声を掛ける。

「・・まだ起きていたのか」

そちらから電話してきたくせに、出なかったら拗ねてしまうくせに。
素直じゃない彼の第一声に微笑んで軽く流し、二言三言会話を重ねる。

仕事が今終わったこと。
今日もメンバーがうるさかったこと。
今から帰ること。

そんなありふれた言葉を交わして、彼が帰るまでもう少し起きていなくてはと思う。
彼の声を聞きながら、眼下の人工的な光と、頭上の暗闇と、それから、まあるく光る月の輝きを感じて。

「ねえ、カミュ」

ぐっと、私を包んでくれる光に手を伸ばす。
このつくられた光る街中のどこかで頑張っている彼。
それを静かに自然と優しく見守ってくれる月の光。
両極ながらも愛おしくて、手を伸ばす。

「なんだか、届きそう」

四角い箱の向こう側で、彼が音もなく笑ったのが分かった。
それから、ちゅ、と、唇が重ねられる音。
直接に触れられていないのに鼓膜が震えて、耳元が急激に熱くなっていくのが恥ずかしい。


「今宵は満月。悪い魔物がお嬢様を攫ってしまう前にお迎えにあがります」


今にも跪いて手をさらって、指先に約束の口づけをしてくれる彼の姿が目に浮かぶ。
空中に伸ばしていた手をそっと彼が触れてくれる位置へ持っていって、それから。
「お待ちしております。早く、迎えにきてくださいね」

私がそう返すと、彼はお辞儀をするような仕草で優雅に通話を終わらせた。
つー、つー、と応答のない音が耳元で鳴り始めた。
この音をいくつきいていれば、彼はきてくれるだろうか、なんて。
先ほどまでの会話が脳内でリフレインして、思わず頬が火照る。

太陽の光のなく、暗闇に人工的な明かりと自然と照る輝きが私を包む今夜。
早く彼にあいたくて。だきしめてほしくて。
パジャマのまま、月明かりをティアラにして待つの。
それから、わざと眠ったふりをして。
電話越しじゃなくて、耳元じゃなくて、今度こそ。
くちびるに、ずっと覚めない魔法をかけてね、私だけのDarlin'

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