書籍

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籠の中の金糸雀は、籠そのものを知らずに育つ。
籠といっても広すぎるこの固定国家図書館に縛られた少女の姿を見て、そう思った。
澄んだ青い双眸は、本当に穢れを知らない清さで俺を見つめてくる。
それは、美しいよりも何よりも先に――――虚しさと空ろを思わせて。


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原因は未だ不明であるが、突如、この国にある歴史的な文学書が何者かに次々と黒く喰われ、消失していく事件が発生した。
それは一つにはとどまらず、侵蝕された文学書は、生きる人々の記憶からも抜け落ちていく。
前代未聞の災厄に、この国の全ての書物を保管している固定国家図書館は、過去の文学者の魂を呼び戻してその黒き侵蝕者と戦闘させることを決定する。
その任についたのが、特殊能力集団、アルケミストの錬金術師たちだ。
錬金術師たちは、この固定国家図書館に、魂を過去と現在につなげるための中継地点をつくりだした。
それは、文学者の魂をこの世に受肉させるために、文学を読み、理解することができるもの。
過去の文学者たちの文字列からその精神を読み解き、この世界に再び肉体を与える――――『人造人間』、ホムンクルスである。
錬金術師たちは、ホムンクルスが文学を読み、理解したデータを下に魂を確立、侵蝕者と同等の能力をもった肉体にそれを定着させることに成功したのだった。


ホムンクルスは、文学を読むために感受性の高い性別であり、青い時代の少女をかたちとして選ばれた。
少女は、目的である文学を読み取る知識と知能、人を模したかたちであるため、人として生きていくための生理現象だけを与えられた。
エネルギーは人と同じように食物であるし、自我もあるため、造られた後も錬金術師たちが面倒を見る必要もない。
人であって人でなく、けれど人のように動作を求められる。
なんと、身勝手であろうか。


「ナオヤ、次はこれを読んで欲しい」


俺もまた、少女に執筆した文学を紐解かれ、この世に受肉をした文学者のひとりだ。
そんな、空っぽの少女を初めて見て、そうして、少女の生い立ちに触れて。
どうも少女を放っておけなかった俺は、他の受肉した文学者よりも少女と触れ合うことが多かった。
そうしたら、少女も俺と居る時間を気に入ってくれたらしく、最近は自分から俺の方へやってきてくれる機会が増えた。


「いいぜ。・・ふうん、ちょっと変わってるな」
「ソウセキが呼んで欲しいと言っていた」
「そうか。じゃあ、しっかり読まねえと」


小さい子に物語を読み聞かせる、というには、読む題材がその年齢向けではないのだが。
普通は絵本を読むときに使う言葉であろうが、少女がねだるのはページ数がそこそこある文学書だ。
少女の役目を考えれば当然で、最初は少し戸惑ったが、今では少女と知らぬ文学に触れるのが楽しみになっている。

夏目先生のお知り合いなら、なおさらしっかり読まないと。
俺はそう意気込んで、少女から手渡された本の表紙を捲る。

もちろん、少女は人間としての基本的な能力を全て兼ね備えている。
俺がここに転生をする前は、一人で声を出さずに文章を読んでいただろう。
それができなければ、少女が少女の目的を果たせないからだ。

けれど、とあるきっかけで俺が少女に文学書を読むことになってからは、こうして自らねだるようになっていた。


ひとつの章がひとくくりを向かえ、疲れていないかと隣に座る少女を見やれば、穏やかな表情をしてこちらを見上げている。
青い、空っぽの双眸で。

何を考えているのだろう。
この物語に触れて、少女の脳は自動的に文字の羅列から、登場人物のセリフから、この作者の精神をデータ化している。
それは十分に、分かっている。
広く、自由な空の色をした瞳に、一切のそれがないのが、ただ、虚しい。


「・・ナオヤ?」

物語を続けない俺に疑問を持ったのだろう、少女が俺を見上げたまま首を傾ける。
俺は、少女の真っ白な頬に手を添えながら、空っぽの瞳をのぞいた。


「楽しいか?」
「・・・楽しい?幸福と感じるということ?」
「まあ、そうなるかな」
「幸福かどうかはわからないけれど、ナオヤが読んでくれるのは、『好き』という分類になると思う」
「・・・そっか」


『好き』『嫌い』
それは人間の基本的な動作そのものであり、少女にも実装をされている箇所だ。
いつも一人で文字を追っていた少女が、誰かの傍にいて、誰かと一緒に文学に触れるのを『好き』と言ってくれる。
空っぽの中に、ほんの少しでも良い、俺という何かが作用してくれるのなら、それでよかった。


「じゃあ、続き、読むぞ」


ぺらり、と次の章へとページを捲っていく。
少女が、俺の身体に寄り添うように体重をそっとかけてくる。


いつか、少女が本当に楽しいと謳えるまで。
この穢れのない虚ろいの金糸雀の傍に居よう。
大きい大きい、この籠の中で。

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