書籍

□赤井
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好きだったの、そんな当たり障りのない感情がからりと半透明に溶けた。

男は手にしたグラスを柔らかく傾けて、その言葉を混ぜるようにして飲み干す。
「……薄いな」
入れた割ものが多かったのか、男は少しだけ不満そうにぽつりと呟いた。

私というと、目の前の男が飲んでいる、淡い色合いのアルコールは身体に合わず、派手なものばかり。
男曰く、ジュースらしいが、私はこの甘いアルコールで十分だった。

「ごめんなさい。お水が多かった?」
「…いや、これでいい」

私の作った、男のためのアルコールは、きっと彼にしては薄く溶けきったものだったのだろう。
それでも飲み干して、もうひとつと促す真意は私には分からないものだ。

減らない私の甘いグラスのわずかな向こう。
緑の瞳を細くして、私の所作を射る。

私の見えないものをたくさん捉えているのだろう。
私の知らないものをたくさん抱えているのだろう。
けれど、男は何も言わず、会うたび初めて出会った頃のまま。
崩さぬ感情と精神の築かれた過去を知る故もなく、されど未来を約束するでなく。

私はそれでさえ知らぬふりを見繕って、男のグラスにアルコールを注ぐ。


「もっと好きになりたいと、思っているよ」


アルコールの飲み方なんて知らなかった。
隣で雰囲気良く飲む男の傍に居たくて、ようやく覚えた甘いアルコール。

男は、私の作った薄い半透明を飲んで、そう言う。
甘い、派手な色合いのアルコールがからりと氷を溶かしきってはぜる。

薄い、と男は言うけれど、けれど、その口端は愉快そうにしていた。

男の過去など知る術はいくらだってある。
どんな風に誰と、こうして飲んでいたのかと。
誰の作ったアルコールが一番だったのかなんて。

言えない私の感情が、たくさんたくさんアルコールと混ざって彼に飲まれていく。
誰を好きだったの?って。

「君のことをもっと知りたい」
「…どうして?」
「私にばかり言わせるんだね」

はぜた甘いアルコールを飲んでも、男の感情は私には分からない。
なけなしの勇気で問いかければ、男は笑ってそういう。

「両想い、というものを夢見ているのだが、叶えてはくれないか?」

無くなった液体を見て、グラスにまた注ごうと伸ばした手は、男の大きな手に捕まる。
不意に訪れたごつごつとした無骨な手の感触に驚いていると、柔らかな言葉ないそれが私に降り注ぐ。

「っ……!」
「君も、君の作ったアルコールも、全部をもっと好きになりたい。必要ならば私も語ろう。……不満か?」
「全部、教えて欲しい…」

肉の厚みのない唇が私の手の甲におちて、アルコールに溶けていたはずの言葉が崩れるように音になった。

全部知りたいよ。
全部知って欲しいよ。
大好きになったひとのことだもの。
きっと聞いて聞かれた上で、今の一番にしてくれたらそれで良い。

「さて、どこから話そうか」

男は私の言葉にうなずいて、そっと私から手を離そうとする。
どこにも行かないで欲しくて、思わず握り返したら、男が初めて表情を変えた。

少しだけ驚いたように目を見開いて、けれど次にはいつも通り余裕そうに緑の瞳を細めて。
他の人にもそんな表情をしたの、なんて汚い感情ばっかり。
でもきっと、この男なら全て受け入れてくれるのだろう。

私だけを好きになって。

薄めのアルコールと一緒に出した私の答えを、男は満足そうに受け取って、一気に飲み干していった。

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