短編集
□白蘭との出会い
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「誰か!誰か来て!」
ナースの声が廊下に響く。
その理由は病院の個室、在眞がトイレの鏡を割ったからだった。割れた鏡を手首に何度も何度も突き刺し床は血で染まっていた。自分が掴んでいた志久眞の手を思い出した行動なのだろう。
「初めまして。僕は――。」
目の前にしゃがんでいたのは白髪の男。在眞はちらりと見て興味を失ったようにまた自分の腕を切りつけた。
「萩原志久眞から君へ伝言」
志久眞。その言葉に目の前の男を強く睨む。
「君をひとり残していくこと、少し心配だけど。またすぐ会えるから、それまで幸せに生きて」
「なんで?」
「え?」
「志久眞以外の口から出た言葉を、なんで聞かなきゃならないの?」
大きく開かれた目の下には深く隈が刻まれていた。白蘭はその目を見るとにこりと笑って在眞の頭を自分の胸の中に引き寄せた。
「そんなんだから母親に散々な目に合わされるんだ」
「...」
言葉と行動が比例していない。そんなことを考えながらも自分を抱きしめる白蘭。両親に抱きしめられたことの無い在眞には不思議な感覚だった。
「君が寝ている間、両親からの親権を取ったんだ。もう君は萩原の姓を名乗らなくてもいいんだよ」
「志久眞以外の人なんていらない」
「君の兄が君を僕に託したんだ。そんな悲しい事言わないでよ」
何も返せなかった。考えたくなかったからか、それとも目の前の男を信じようとしたからか。
その日から在眞は正式に白蘭の妹となった。