短編集

□卒業式と告白と
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満開の桜が咲く中、在眞は久しぶりに雲雀の目を掻い潜ることが出来ていた。
柔らかな春の匂い。今日は並盛中の卒業式だ。
在眞ではなく、一つ上の学年、雲雀や笹川良平らの卒業式。
式が終わったのか生徒がわらわらと騒ぎ始めていた。泣いたり笑ったり、その声をぼんやりと屋上で聴いていた。

「...」

ガチャりと屋上の扉が開く。入って来たのは雲雀ともうひとりの女子生徒の姿だった。
2人は在眞の存在に気づくことなく会話をしている。

「こんなところに呼び出してごめんなさい」

「それで?」

盗み聞きするつもりは無かったがどうしても反射的に隠れてしまった。
次の瞬間、女子生徒の口から飛び出した言葉に在眞は目を見開いた。

「貴方のことがずっと好きでした」

雲雀が全学年にモテていることは知っていた。だからまぁ、こんな結末もあるだろうなと予想はしていた。
卒業式の今日だって告白しようなんて考えてもいなかった在眞に、その女子生徒はどれだけ輝いて見えていただろうか。
それからどんな言葉を交わしたかなんて耳に入るはずもなく2人が屋上を去ってから在眞は学校を後にした。
草壁からの着信を見て携帯の電源を消し、家に着いて冷蔵庫にあった大きなホールタルトをベランダで食べ始めた。本当はこの後、雲雀の卒業記念集会に持っていこうとしてた物。
いつもよりもいい出来なのに全く味を感じない。黙々と作業のようにそれをお腹に入れていく。半分ほど食べた所で在眞はフォークの動きを止めた。

「風紀の腕章、返すの忘れたな」

腕についているそれはもう自分には必要の無いものだった。
風紀委員として在眞がいるのは中学までだが、雲雀が卒業する以上、大きかった風紀委員は普通の委員会に戻るだろう。
そうなれば在眞が風紀委員に入っている必要もなくなる。
しかもこれからはヴァリアーの入隊準備を始めなくてはならない。
事実上、在眞はもう雲雀の下にいることは無くなるのだ。

「分かってたけど、最後にああゆうの見ちゃうとね」

雲雀の気持ちなんてどうだっていいと考えていた。側に居られればそれでいいと。しかしもうそれすらも出来なくなる。女子生徒と雲雀の二人の姿は在眞を切なくさせるのに充分な材料だった。

「本当に好きだったんだなぁ」

膝を抱えてベランダに蹲る在眞は静かに肩を揺らした。ぽたぽたと落ちる涙に小さな小鳥が集まる。その中に1羽、見慣れた黄色い鳥が混じっていた。

「携帯切るなって言ってたんだけど」

ヒバードを確認したと同時に雲雀の声が在眞の耳に響いた。
雲雀はベランダに出ると在眞を見つめたまましゃがんだ。

「何か言うことは?」

「卒業...おめでとうございます」

「はぁ...」

鼻を啜りながら言った在眞の言葉に深いため息をつく。雲雀は俯いているその顔を両手で挟み自分の方へと向けた。

「違う方。ちゃんと言って」

まるでヒバードやロールに話しかける時のような口調で雲雀はまっすぐに在眞を見ている。
目に涙を溜めた在眞はそれに促されるかのように口を開いた。

「好きです、雲雀さん」

「うん、知ってる」

「貴方と...離れたくありません」

「そう。じゃあそうすれば?」

少し笑った雲雀はそのまま在眞を抱きしめた。ぽんぽんと軽く背中を叩いてまるで子供をあやしているかのよう。
在眞は少し間の抜けた顔をした後、雲雀の肩に顔をうずめた。

「ありがとうございます...」

抱きしめてくれたことがことさらに嬉しくて夢のような心地だった。
それもつかの間、雲雀の興味はベランダにある食べかけのタルトへと移っていた。

「それ、食べていいの?」

「今日持ってこうとしたんですけど、食べちゃって...」

雲雀は在眞の食べかけのタルトにフォークを入れる。
もくもぐと口を動かす雲雀に在眞は訪ねた。

「美味しいですか?」

すると雲雀は少し笑って在眞の頭を撫でる。

「まあまあ」

デジャヴのようなその言葉に嬉しさを感じる在眞の頭上でヒバードがくるくると回りながら飛んでいた。
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