短編集
□帰る場所
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「参ったな」
並盛神社の境内に座る在眞をは大きなキャリーケースと共に途方に暮れていた。
理由は昨日の午後のこと。
『明日の午前、伺いますので』
それは引越し業者からの電話。
1週間早く来たその電話は自分の間違いを気づかせてくれたものだった。
今更違うとも言えず今日の午前、マンションの退去手続きと共に在眞は1週間宿無しとなったのだ。
ヴァリアー本部、イタリア行きの飛行機に乗るのは1週間後。どうしようかと頼れそうな人を思い浮かべてみた。
最初に浮かんできたのはクローム。
比較的話す女の子ではあるし、頼んだらきっと聞き入れてくれる。
しかし問題なのはクロームが一緒にいる六道骸。度々夢に入ってきて話はしたがいつも翌日、何かを察した雲雀はかなり機嫌が悪かったのだ。一緒にいたなんて知れたらそれこそ殺されかねない。
そして流れで思い出した雲雀。
しかしクロームよりも早く、決断は出た。
「無いな…」
受け入れる以前の問題だと遠い目で点を仰いだ。
それと同時に現れた人影に気分はいっそう悪くなる。
「やあ」
「…」
チェッカーフェイス、通称川平のおじさんはへらへらとした顔で目の前に現れたのだ。
「随分と困っているようだね」
「お前に関係ない」
「そんなことを言うでないよ。この顔、君の好きな部類の顔だと思ったんだけど…痛っ」
脛に噛み付いた猫を両手で持ってから川平はこう続けた。
「僕のところに来なさい」
「は?」
好きじゃない冗談。全くもって笑えなかった。
そのままの距離を保ったまま、川平は真面目な顔になって言った。
「君は帰る場所を作っておくべきだ」
帰る場所。白蘭が用意してくれるマンションじゃなく、誰かが待ってくれる場所。必要ないと言いかけて目を伏せた在眞は少し考える。
「君と僕の間でしか話せないことも多い。僕だったら遠慮はしないだろう?」
こうゆう見透かした所に反吐が出る、なんて口に出したくも無い考えが頭を巡る。
「本当はちゃんと話をしたかったんだ。それなのに君ときたら僕を見た途端攻撃してくるものだから」
「嫌いだから」
「そんなに睨まないでくれよ…お?」
川平の声で顔を上げるとそこには仁王立ちしている雲雀がいた。
スーツを身にまとい瞬きひとつせずこちらを凝視している。
在眞が群れているのを見つければ必ず噛み殺してきた雲雀。まずいところに出くわしたと思った在眞は思考が停止した。
「えっと、こんにちは」
「…」
明らかに良くない機嫌。動いた雲雀にぎゅっと目を閉じると来るはずの衝撃は無くおそるおそる目を開ける。
「あ、れ?」
いつの間にか川平は消えていて、代わりに雲雀が自分の近くに来ていた。そして目を開けた直後きた衝撃はいつもより弱くて。
「いい加減にしなよ」
平手打ちをされて赤くなった頬。下を向く在眞の顔を掴んで自分を向かせた雲雀はまだ怒っていた。
「君は自分が誰の物か分かってるの?」
「…はい」
「それが建前の返事なのはもう知ってる」
それ以外の言葉が聞きたいと、雲雀は言う。
何故自分のところに来ることが選択肢に無かったのか。そう言いたいのだろう。
「来て」
不意に言われた言葉。追うように雲雀の後を付いていくと風紀財団の拠点に着いた。
「恭さん、おかえりなさいやし」
「草壁さん、お久しぶりです」
「待っていたぞ」
建物には沢山の和室がありその一角にひとつだけ洋風の扉がある。
「お前の為に恭さんが用意した部屋だ」
「私の?」
「お前が自分から会いにこないから業を煮やしていたぞ」
「そんな事、思うんですね。雲雀さんでも」
「萩原」
ビクリと在眞の肩が揺れる。
「話」
「はい」
怒っている、ようにも見える態度に怯えながら畳の部屋に入ると座布団に座ることを促された。
「部屋、見たの?」
「はい、ありがとうございます。私の部屋作ってくれてたなんて知らなくて」
「いいよ別に」
おかしい。
いつもの雲雀じゃないほど優しくて、噛み殺されると考えていた在眞はその優しさにぎこちなくなる。
「君にとって大事な時期だから、わざわざ咬み殺したりはしない」
「心読まないで下さいよ」
さっき平手打ちをしておいて何を言ってるんだと口には出さず。
「5年間、ありがとうございました」
涙目になりながら言う在眞に目を丸くしている雲雀は手を伸ばす。
「素直な君は、嫌いじゃない」
雲雀の肩に在眞の額があたる。
そのまま背中に手を伸ばす在眞を同じように抱きしめる。
在眞にとってかなり長い時間一緒にいた雲雀から離れることは自分が予想していたよりも辛いものだった。