sss(short short stories)

□哲学者みたいに好きと言ってみて。(帝一の國)
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1.
今日は大嫌いな哲学のコマがある。

東都大学、私が通う大学だけれども、入れたのはたぶんまぐれ。未だに、改めて合否を出したらたぶん私の運命は"否"、だと思う。けれどまぁ、入れたらこっちのもので。毎時間しっかり出席して、ノートを取って空きコマや放課後はトータルで2時間勉強するというノルマを自分自身に課しているから、試験は順調にパスして、幸い再履修も無く進級し、私の"華の一女"は終わった。
友人は皆、哲学の授業は皆勤賞。私は前述した通り哲学は大嫌い。だからみんなに分からないところを聞いてみる。そしたらみんなも答えられないのだからやっぱり哲学は嫌いだ。よくもまぁ説明もつかない理解も出来ないような学問を拓いたものだ。
そんな哲学を教える先生なんてはっきり言ってクレイジーだ。講義中の私の考えることはこう。
"森園先生の頭の中は新種の花でも咲き乱れてるに違いない"
なんて。
森園教授。まだ若いのに哲学の教鞭をとっていて、本人も東都大を出ているとか。噂によると、あの海帝高校の生徒会長を務めたらしい。
森園先生は学生の意見によく耳を傾ける。授業の出席票に必ず感想、質問、意見などを書き込ませる。

"先生の授業は好きです。分かりやすいです。でも哲学という学問そのものはいつまで経っても理解できません。なので、やっぱり哲学は嫌いです。英語で旧約聖書を読んでいるような気分です。哲学と聞いても、何を指すのかすらわからないです。"

と、私は今日もつらつらと愚痴にも近い感想を書いて提出し、早々に講義室を出た。
構内の売店でデカフェのカフェラテを頼んでスティックシュガーを加え、マドラーでよく混ぜた。すぐ隣にカップルが座ったので早々に席を立った。紙のカップにして良かった。

浪人の末に東都大学への学びの道が拓かれた僕は、文学を専攻して、元々齧っていた哲学もより深く学ぶことにした。帝一君や弾君は大学時代は同級生、慶皇へ進んだ氷室君と駒君とはたまに集まってはいつのまにか20歳を超え合法となった酒を飲みに行ったりする。家業を継いだ光明君の便りは帝一君から、本格的に詩人として生計を立てる京さんからはごくたまに、僕にしかわからないような便りが届く。ごく平和に、海帝生にとってはようやく訪れたような遅咲きの青春の日々はとても充実していた。大学生のうち、何度か告白され(初めて告白された時はありがとう、としか言えず双方困ってしまった)、そのうち1人と付き合った。あまり艶のないセミロングの黒髪の、べっ甲メガネをかけた同級生だった。ぎこちないファーストキスも初めても、彼女で済んでしまった。それはまるで儀式のようだった。儀式が済んで交わし合う言葉が刺々しくなった頃に別れて、卒業論文にはパスカルを選んで、僕は大学院に進んだ。研究室の先生に教鞭をとらないかと誘われ、生計を立てるにはもってこいだと思い二つ返事で了承した。

生徒から集める出席票の備考欄をまるでラジオのコーナーに送られてきたはがきに目を通すように読むことが密かな楽しみであった。
感想の9割9分9厘は〈興味深いです〉
残りの1厘は例の彼女によるものだった。

〈哲学って何ですか?〉

これはまだ良い。

〈わかんないです。〉
これは機嫌が悪い時だろう。

〈哲学者って毎日毎日違う生き方をして、その生き方を端正で煩わしい言葉で書き記して芸術だと言いたいのでしょうね。〉

これはきっと何かの小説を読んで、それに感化されたのだろう。

大講義室で行われるほど"大所帯"の講義で、一厘を提出してのける彼女の顔を、森園億人は把握していなかった。
教授としてあまり言うべきではないが、哲学というのはジャンルとしてあまりにざっくばらんとしている。そのため少人数制のセミナーを開いているのだが、彼女がそこに顔を見せたことは一度も無かった。
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