長編小説 Meer
□Meer3話 過去
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〜2013年2月5日 仁川空港〜
「ほら、チャニ!間に合わないよ!」
13歳のチャンは、5歳下の弟の手をひきながら駆け足で大きなキャリーバックを持っている祖母の元に駆け寄った。
今日は、チャンにとって初めての飛行機での小旅行であった。行き先は済州島という、国内ではあるがチャンにとっては海外にでも行くような気分であった。
「ヒョン、飛行機って落ちたりしないよね?」
弟のチソンは不安そうにチャンを見上げた。
「大丈夫に決まってるよ!怖いなら、ヒョンがずっと手を握っててあげる。」
チャンは、かわいい弟を安心させようと微笑んだ。
「ばあちゃん!バナナウユ買ってよ!」
チソンは、空港の売店に売ってあるお気に入りのウユを指さした。
孫に甘い祖母は、はいはい、と言いながらバナナウユを2つてに取ると会計に向かった。
「ヒョンの分も買ってくれたよ!」
ありがとう、チャンはそう言うと弟からウユを受け取り、ストローを突き刺した。
弟と二人、ストローをちゅうちゅうと吸いながら、荷物を預けに行った祖母を待っていた。
「あーあ、もう飲み終わっちゃった。」
チソンは空になったボトルをコンコン、とたたいた。
「ヒョンの分も捨ててくるよ!」
同じく空になった、チャンのボトルを受け取ると、チソンは10メートルほど先に見えるゴミ箱に走って行った。
そのときだった。
――――ピカッッ!!!!
目の前が真っ白になった。目を開けていられないほどの光が、チャンの視界を奪った。
「え、、、」
何が起きたんだ。全く分からなかった。
次の瞬間だった。
――ドカァァァァン.......!!ッ!
鼓膜が破れそうなくらい大きな音がチャンを襲った。
それと同時に、チャンの体を誰かが抱きしめた。
「だれ...」
抱きしめたのは、祖母でも弟でもなかった。
「黙って。口を閉じて。」
チャンを抱きしめた人は、チャンを守るように包みこんだ。
力強く抱きしめられ、チャンは息ができなかった。
苦しい、、そうつぶやこうとした瞬間、ブワッ、、、、、、、、、と感じたことのない熱風がチャンを襲った。
そして聞こえてくる瓦礫が落ちてくる音。チャンの体も振動を感じていた。
どれくらいの時間が経ったのか分からなかった。10分なのか、1時間なのか、それともまだ1分くらいしか経っていないのか。
あぁ、ここで死ぬのか。
チャンは思った。
しかし、体に痛みは襲ってこない。
(まさかっ...!)
自分を抱きしめている見ず知らない人は、大丈夫かと顔を上げようとした。
すると、チャンの頭を覆っていた手がチャンの頭を押さえた。
「見ない方がいい。目をつぶって。」
耳元でささやくような声だった。
。ふわ..ふわ。。。。。
急にチャンの意識が遠のいた。
完全に意識が遠のく前、焦げ臭い煙の中に微かなユリの香りがチャンの鼻をかすめた。
〜2013年2月7日 仁川病院〜
チャンは目を開けた。
(あれ、、、ここ、、、、、、、)
喉が焼けるように痛かった。
周りを見渡すと、白い部屋に鼻をつくような薬品のにおい。
病院だった。
(なんで、ここにいるんだっけ…)
チャンはむくり、と体を起こした。
体の所々にガーゼが貼ってあったあり、包帯が巻いてあった。
ガラガラ…――
引き戸を開ける音が聞こえ、チャンは顔を上げた。
医者らしき人が、入ってきてチャンの体をチェックした。
「痛いところはない?」
所々痛いところはあったが、我慢できないほどではなかったのでチャンは、はい、と答えようとしたが、声がかすれて思うように声が出なかった。
思わず喉を押さえた。
すると、医者はチャンの頭をなでながら優しく微笑んだ。
「煙を吸っていたからね。少し喉をやけどしているみたいだけど、すぐに治るから大丈夫だよ」
・・・・・煙?
思い出した。空港で…!
思い出すのと同時にチャンは、ハッとした。
弟は?ばあちゃんは?
炎と煙の中、自分を抱きしめてくれたあの人は…?!
チャンは、今すぐにでも医者に問いたかった。しかし、今のチャンには問いかけることができなかった。