長編小説 Meer
□Meer4話 過去の出会い
1ページ/1ページ
〜2013年2月20日 仁川 孤児院〜
「はじめまして。今日からお世話になりますイチャンです。」
チャンは仁川の外れにある孤児院に来ていた。
唯一の肉親であった祖母、そして弟はあの爆発で死んでしまった。
チャンが病院に入院している間、ニュースの話題は仁川空港の爆破事件で持ちきりだった。
どのチャンネルに切り替えても、同じニュースばかり。
平日の早朝であったことが、不幸中の幸いか、普段の利用者数と比べると、あのとき空港を利用していた人は少なかった。しかし、死者は500人にも及んだ。爆破が起きたのは、2階の出国審査を終えたあとのお土産売り場横のゴミ箱だったそうだ。死者が1番出たのが2階であった。
チャンは2階にいたのだ。しかし、軽いやけどを数カ所負っただけで、致命傷となるものはなかった。
それは、爆発の時チャンを抱きしめてくれた人のおかげだろう。
と同時に、あの抱きしめてくれていた人は大丈夫なのか、不安になったチャンは声が出るようになってから、医者に問うた。
これだけ死者が出た大爆発である。現に、同じフロアにいたひとのほとんどが命を落としているのだ。
自分のせいでもしものことがあったらどうしよう。
チャンは泣きたい気分だった。
しかし医者は首をひねった。
チャンが発見されたとき、周りには誰もいなかった。チャンは一人で、横たわっていた。
そう答えたのだった。
今日からチャンの家となる孤児院はお世辞にもきれいとは言いがたかった。
チャンが案内された部屋には、すでに3人の住人がいた。
コンクリートむき出しの床に置かれた4つの折りたたみ式ベッドが、この部屋の唯一の置物だった。
その部屋の奥。6つの目がチャンを見ていた。
スングァン、ハンソル、ソクミンの3人だった。
〜2015年2月1日 ソウル郊外〜
ミンギュとミンハオは、黒い手袋し、肩を並べて歩いていた。
その一歩後ろを、ソクミンが後れを取らないようについて行っていた。
「ターゲット決まってんの?」
ソクミンは前を歩く二人に問うた。
「いや、特に。」
いつもそうだった。計画はしない。そこにいた人を殺めるだけだった。
ソクミンは、そんな無鉄砲な殺人をしていたらいつか警察に捕まるのではないか、という心配事がいつも頭にあった。
家には大切な弟達がいる。まだ、中高生だ。学費のため、また生きていくために自分たちはこのようなことをやっている。
弟達には、絶対に言わない。殺しを始めたときに、ミンギュとミンハオの3人で決めたことだった。でも、気づいている。勘のいい弟達は気づいている、自分たちのしていることを。そして、頭のいい弟達は、気づかないふりをしている。そのことにもソクミンは気づいていた。
あの日、世間は新年のお祝いムードであふれる日、ソクミンはミンギュ、ミンハオと一緒に、スングァン、ハンソル、チャンを連れて、孤児院を飛び出した。
〜2014年1月2日〜
自分たちにとって牢獄のような場所であった孤児院を二度と見ることがないよう、絶対に振り返らない、そう決めて駆けだした。
ソクミン、ミンギュ、ミンハオはそのとき高校3年生だった。
もう高校3年生だ。自分たちだけでも生きていける。そう信じていた。
今、手を握っている弟達だって、養っていける。そう信じていた。
しかし、世間は甘くなかった。
孤児院出身の自分たちを、雇ってくれるところはなかったのだ。
真冬のソウルは、簡単にソクミン達の体温を奪っていった。
暖を取る家もなければ、暖かい飲み物を買うお金もない。
6人で肩を寄せ合い、お互いの体温であたため合っていた。
きっと、いま、ひとりでも離れれば凍え死んでしまう、そのくらい寒かった。
「君たちにしてもらいたい仕事があるんだ。報酬ははずむよ。」
ひとりのスーツを着たサラリーマンの男性が声をかけてきた。
ミンギュは、とっさに弟達を背中に隠した。
男の手には、50万ウォン握られていた。
(これだけあれば、ご飯が食べられる。。)
今は生きることしか考えられなかった。隣に立っているミンハオとソクミンを見ると、自分と同じことを思っている、そう感じとれた。
ミンギュは、弟達を隠しながら、男から札束を受け取った。
男はにやりと笑った。
「交渉成立だな。」