枯れた林檎と寂しい海月
□混沌
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思ったよりも江ノ島のウイルスは強力で、プログラムを新たに入れてもすぐに食い潰されてしまう。
ブーン…
またエラー音が鳴り、葉隠くんが悔しそうに机を叩いた。
まぁ、それも当然だろう。
もう修正を初めてから3日がたとうとしている。
交代でやっているとはいえ、休憩時間も緊張状態は解けなくてなかなか休まらない。
みんな同じなんだろう。
空気がわずかにピリピリとしている。
まるでそこらじゅうに静電気が張っているような…例えるならそんな感じ。
「はい、さよちゃん。お茶だよ」
こと、とそばに湯呑みが置かれる。
葵ちゃんだ。
私は礼を言うと、静かにお茶を啜った。
時計を見れば、もう朝の8時を回っていた。
もうすぐ交代の時間だ。
少しだけ眠たい目を擦り、パソコンのエンターキーを押す。
と。
ピコン
「え、これって…」
私と葵ちゃんは顔を見合わせて、もう一度画面を見る。
《program OK》
画面が一瞬だけ黒くなり、開かれたのは背景がモノクマ柄の、かなり悪趣味なページ。
その真ん中には、地図のようなものが描かれていた。
「ちょっと、貸して」
「あ、おはよう霧切さん」
彼女は無言のまま私からマウスをひったくると、カーソルをHotelと書かれた四角の中にあわせてダブルクリック。
すると、画面にプログラム入力画面が現れる。
希望更正プログラムを作っていたときに入力していたあの画面だ。
霧切さんはマウスだけでなく椅子までひったくり、慣れた手つきでプログラムを入力し始めた。
「ひぇ〜…響子ちゃんなんかあの先輩の手元よく見てるなって思ったら…暗記しちゃってたの…!?」
「え!?あの長文を…!?」
「黙って」
…どのくらい時間がたった頃か、霧切さんが最後のキーを押して、私たちを交互に見比べる。
「…やっぱり78期生は顔を完全に覚えられてるから転送はやめた方がいいわね」
「き、響子ちゃん?なんの話?」
「外から書き換えられないのなら内側から穴を見つけるということか?」
休憩が終わった十神くんと苗木くんが私たちの方へ歩いてくる。
…その向こうではとうに限界を迎えた葉隠くんが床で爆睡していた。
うん、お疲れ様。
「ええ、…ねぇ綾樫さん。あなたにお願いできるかしら」
「……ん?私?」
目をきょときょとさせる。
が、まぁ当然ながら現実はなにも変わっていない。
「ま、まって霧切さん。僕じゃダメなの?危ないんじゃ…」
「だけど彼女は江ノ島に存在事態知られていなかった可能性が高いわ。それに苗木くん。
あなたが本なしでプログラムを打てるとは思えないけど」
「う…」
話している彼らをよそに、再び画面に目を戻す。
…確かに、頭に直接プログラム技術を叩き込んだ私なら中でも対応できる、と思う。
けど、みんなに会うとなると、…狛枝くんにも会う。
そうなるのは必然的だ。
だけど彼は私を覚えてなくて、はたしてそんな彼とまともに話せるのだろうか?
「…弱音を吐いてる場合じゃ、無いもんね」
ぐっと拳を握りしめて、ポケットからUSBメモリを出し、苗木くんの手に握らせる。
私の今までの記憶がセーブされた、命と狛枝くんの次くらいに大切なものだ。
「え!?こ、これって…」
「中身覗いたら永遠に変態って呼んであげるから」
「み、見ないよ!!」
さて、今たまたま通ったプログラムが消されるのも時間の問題だ。
私たちは77期生の眠るあの部屋へと急いだ。