短編
□甘い海
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※王馬とあなたは付き合っていません
私が思うには、今のは絶対に夢ではない。
目覚めたと同時にそう確信した。額の汗を手の甲で拭い大きく深呼吸をした。
だが先ほどまでの夢がやけにリアルで、まるで落ち着きそうにない。
「おやぁ綾樫さん、察しが良くて助かるよ」
「ひえぇっ!?」
ベッドの脇からぬぅっと飛び出してきたのはよく見慣れたアイツ、モノクマである。
モノクマは両頬を薄桃色に染めてくねくねと腰を動かす。
「いやぁねどうも僕の手違いでさ、例の鍵によって見た妄想が君の中から消えてないみたいなんだよね。さすが僕だよ」
「…鍵?なんの?」
「さぁね。王馬くんあたりなんか知ってるんじゃない?ではではバイナラ〜」
「はぁ!?ちょっと…!」
そう言うなりモノクマはさっさと何処かへと消えていってしまった。と、ほぼ同じタイミングでチャイムが鳴る。
…今日はいつもよりも2時間くらい早く起きた。だからこんな時間に人が来るなんてありえない。
…いや、例のヤツなら来るか。来ないはずがない。
私はノロノロとベッドから降りるとドアノブを回してその人物を招き入れた。
「やっほー!今日はいちだんと酷い顔をしてるんだね!そんな君も大好きだよ!嘘だけど!」
そら来た。そして朝っぱらからうるさい。
「おはよう」と半ば目をそらしながら言うと、彼ー王馬小吉は何かを察したかのようにニヤリと笑った。
そして次の瞬間私は凍りついた。
「あれ、やっぱ昨夜のこと覚えてるんだ?」
「……!!」
「昨日は可愛かったな〜。ありえないくらい俺にベタベタ甘えてきたもんね〜」
「へぇ!?あ、あの、それはその…」
私の反応を見るなり王馬は饒舌に語り始める。
対して私はどう反応していいのか、今すぐここから走って逃げるべきかどうか、必死で脳内会議をしていた。
「あーあ、現実のさよもあれくらい素直な良い子だったら良かったのになぁ〜」
「良かったって…なにが良いの」
ムッとしてようやく目の前の存在に反論する。だけど反論内容も内容だったかもしれない。
「なにって……もっと素直でかわいい子だったら俺は告白しちゃってたのに〜ってことだけど?」
「あぁそう……は?」
彼のあまりに唐突すぎる発言に目を丸くする。王馬は顔色ひとつ変えずにただそこでニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべている。
それは空に船が浮かんでいるかのような違和感があった。
「……ま、嘘だけど」
「………」
「だけど勘違いしないでね」
妙にがっかりした気持ちになっていた私の体に王馬のほそっこい体が重なる。
「別にさよが素直じゃなくても俺は好きだからね」
今のはホントだよー…
ただでさえ混乱しているのにさらに追加でそんなこと言われてもうまく飲み込めない。
溺れてしまう。
王馬小吉の腕のなかでぼんやりとしたままその甘さを啜った。
それは腐り落ちてしまうほど甘くて苦いものだった。