短編

□七夕の日
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ジャバウォック島に来てもうすぐ一年がたとうとしている、ある夏の日である。




「はーい!!今日はなんの日ッスか!?はい、さよちゃーん!」


「んぇ!?」


朝から妙にテンション高い唯吹ちゃんが私の隣に(半ば飛び込むようにして)腰掛ける。
今日の唯吹ちゃんの朝御飯は、ふっくらと炊けた白米にワカメの味噌汁。それから鮭の塩焼きである。
どれも花村くんお手製の逸品である。
それよりも、だ。



「今日……」



7月7日……。
アメリカ建国記念日?
いや、それは一昨日か。



「えー、さよお姉分かんないの〜?常識だよ〜?」



「じ、常識っ!?」



「ほーらー、唯吹の好きなものから連想できるっすよ〜」



い、唯吹ちゃんの好きなもの…。
ライブとかお祭りとか……



「……よさこい祭り」



「ぎゃー!!さよちゃんがそこまでだとは唯吹もわかんなかったッス〜!」



「ほら今日って七夕だよ」



日寄子ちゃんの隣で鮭の皮を箸でつつくのは小泉ちゃん。
彼女はそう言うと、嬉しそうにカメラを見せてきた。



「あのね、日本では雨の日が多くて見えないんだけど、ジャバウォック島は南の方にあるから天の川見やすいんだって!」



「うひゃー!!唯吹、天の川をバックにギターかき鳴らしたいッス!!」



そうなったら善は急げッス!!と言い残して、唯吹ちゃんはさっさと外へ飛び出して行ってしまった。
…天の川、ねぇ。
最後に残った唐揚げを頬張った。














「ごめん、今日用事があって…」



「……そっか」



「あはは、本当に申し訳ないよ。お詫びに今からでも切腹して…」



「だ、だめだめだめ。そっちのほうが怒るよ!」


一緒に星を見れないかと恋人である狛枝くんのもとへ寄ってみたが、まぁ、忙しいよね。
急だし。



「あぁそうだ、さよ」


立ち去ろうとする背中を彼が呼び止めた。
振りかえると、狛枝くんはなにかを言いたそうに口をパクパクさせ、それからまたいつもの笑顔で



「なんでもないや」




とだけ言って手をふった。
















天の川は第2の島の浜辺からよく見えるらしい。
みんなはそこへ行って暴れるらしいけど、なんだか私は行く気分にはなれなかった。
フラれたとかそんな乙女的事情はなく、ただたんに気分じゃなかった。
それに最初の浜辺でも天の川は十分きれいに見えた。




「あれ、みんなと一緒にいたんじゃなかったの?」



「狛枝くん?あれ、用事……」



そういいかけたとこで、そういえば朝、彼が近くのテーブルで食事をとっていたのを思い出す。
もしかして私たちの会話を聞いて遠慮したのだろうか。




「……星、一緒に見ない?」



もう一回昼に行ったのと同じ言葉を漏らす。
すると狛枝くんは少し切なそうな顔をしたあと、小さくゆっくりと頷いた。








「あそこを織姫と彦星が渡ってるんだね」



二人で浜辺にねっころがって星を見る。
目の前にはなん百もの星たちが暗闇の中で瞬いている。



「狛枝くん」



そばにあった彼の手を握る。
存在を確かめるように。


「怖いの?」



「そんなこと……!!」



あぁ、やっぱり図星だ。
彼はこれからやって来る不運に怯えている。
それもそうだ。
だって星に関する不運なんて、流れ星が私たちのいる場所に直撃してくるくらいしかー…



「っ!!さよ、危ない!!」



急に彼が起き上がり私の手を握って走り出した。
と、ほぼ同時に私たちがさっきまでいた場所から爆発がおきる。
砂嵐と爆風と光と…。



「ったぁ…」


幸い直撃してきたそれが小さかったおかげで、あまり大きな被害はなかった。
しいていうならヤシの木が倒れた。
そのくらいだ。


「狛枝くん、大丈夫だよ」


助かったのか。
私たちは抱き合った姿勢のまま砂浜の角っこで倒れこんでいた。


「怖く、ないわけがない」


「……」



狛枝くんはそう言うと私の体をよりいっそう強く抱きしめた。
少し痛かったけど、狛枝くんの体が震えていることに気が付いて、私も彼の背中に腕をまわした。




「大丈夫って言って皆ボクの前から消えていく」


「怖い。独りは、嫌なんだ…」



狛枝くんが子供みたいに泣きじゃくる。
それは今までため続けてきた悲しみを一気に吐き出しているようにもとれた。



「ね、狛枝くん。日本では織姫と彦星、七夕に会えないんだよ」


そうだ、今朝お話しした。
小泉ちゃんが言ってた。



「でもね、他の場所からなら会える」




「ねぇ狛枝くん私たち不幸だと思わない?」




「だってこんなに普通に出会ってしまった。だから、あのね……」




言葉を続けようとしたその時だった。
まばゆい光が幾つもの弧を描いて遠くの海へ落下していく。
流れ星だ。



「……さよ、手、繋いで」



泣いたせいか、ほんのりと目のまわりが赤くなった狛枝くんが私の額にキスをおとす。
柔らかくて温かいキスを、何度も何度も。



「それじゃあ君も不幸ものだね。こんな人間に愛されて、キスされてるんだから」




そうだね、幸せだねー…。
近くの海に星が落ちる。
その音を流して、そのまま狛枝くんの腕の中でまぶたを閉じた。






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