短編
□できない子
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なにをやっても駄目な日向くん。
蝶々結びを教えて貰っても最後まで出来ない日向くん。
いつも意地悪されてた日向くん。
後ろ指差されてる日向くん。
あなたのすべてが大好き。
希望ヶ峰学園の入学が決まったのは、丁度飼っている犬の誕生日だった。
分厚くていい紙に印刷されたのは、“あなたを超高校級の家庭教師として本校に入学することを認める”といったお堅い文字。
日向と同じ学校に行ける。
そう思うと嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「日向っ、お昼食べよう!」
入学してからも学科は違うけどお昼には必ず日向のところへ行った。
毎朝早起きして二人分のお弁当を作った。
中学の時からこれが楽しみで学校に来ている。
私のお弁当を美味しそうに平らげてくれる日向。
…だけど。
「今日購買だから、いらない」
「嘘。今日財布忘れたくせに」
家出るとき玄関に置いたままにしてたじゃん。
そう言うと、日向は顔を真っ赤にして廊下に出ていった。
日向はお弁当を食べてくれなくなった。
それだけじゃない。
登下校もわざと私と時間をずらしているし、休み時間はどこかへ行くようになった。
プライドが無駄に高い日向のことだ。
本科の制服を来た私の隣に立つのが嫌なのだろう。
気づけばメールの返信すら来なくなった。
本当は普通の高校生カップルみたいに、バカみたいにイチャイチャしたい。
もっと一緒にいたい。
キスしたい。
甘えたい。
『日向はそうじゃないの』
送信ボタンを押す。
未読メッセージが、増えていく。
「日向」
公園のベンチでたたずんでいる日向を見つけた。
少し驚いた顔をしたあと、無表情になってうつむいた。
私はさっき買ったお茶を日向の首筋にあて、無反応な日向を後ろから抱きしめた。
ああ、いいにおい。
ちょっと汗っぽくて畳のにおいがする。
昨日布団からはみ出して寝たのかな。
そんなことを考えながら額を日向の肩にくっつけた。
「なぁ、お前恥ずかしくないのか」
ぽつり、と独り言か否か、どちらともとれる声色でそう溢した。
私は日向の顔を見たくなくて、彼の背中に抱きついたままでいた。
「なにが」
空気が怖くて、わざととぼけてみせる。
このままいけば、なんとなくだけど危険な空気になりそうだったから。
今にも震えだしそうな右手を左手で押さえ込み、強く爪をたてた。
「だから!!」
腕が振りほどかれる。
今までにない強い力で。
反動で私は尻餅をつき、ざらついた地面に手をつく。
「ひなた……?」
ぽかん、と彼を見上げると、彼は今にも泣き出してしまいそうな、
怒りで可笑しくなってしまいそうな、そんな顔で私を見下ろしていた。
「いい加減気づけよ…俺とお前じゃ違いすぎるんだって…」
「違う?」
「そうだろ!?俺とお前なんて元を辿ればただの幼馴染みで!!一緒にいるからただなんとなく好きになった気が……しただけで……!」
気が、した?
日向はまだ止まらない。
言葉が滝のように溢れ出して流れていく。
「お前だってどうせ裏では馬鹿にしてるんだろ!?もういい加減にしてくれよ!!」
「わ…私は…才能とかそういうの抜きに…日向が…」
「だからそれを違うって言ってるんだ!!」
言葉のナイフが心臓を抉る。
四肢を切り刻む。
喉をかき切る。
…傷だらけで、あまりに痛すぎて、涙が滑り落ちた。
それからようやく日向はハッとして、ばつが悪そうに「ごめん」と小さく謝った。
「あと…しばらくほっといてくれ」
日向が公園から去っていく。
ごろり、生温くなったペットボトルが手に触れる。
しばらく全身がしびれて動けなかった。
私の恋は、ままごとだったのか?
「パレード」
「そう、だからしばらくは外に出ちゃ駄目よ」
雪染先生が何度も何度も念を押す。
大丈夫、出ていけない。
門の前は警備員のおじさんが何人もはっているし、門の方に行ったら色々投げられるし。
あれから日向とは会えていない。
先生は私と彼の関係を知ってか、現在の状況を教えてくれなかった。
まぁ、無駄に運が強いから無事、だろうけど。
なんとなく携帯を開いてみる。
まだ、既読になっていない。
ずぅ…ん
外からすごい音がした。
慌てて窓の外に寄ると、門が予備学科の生徒たちによって開けられるところだった。
その中に混じって、日向がいた。
何度も目をこすって下階を見下ろす。
そう、きっとそうだ。
無意識のうちに走り出していた。
階段を勢いよく駆け下りて、上靴のまま外へ出た。
上の階から見下ろしたときに確かにいたのだ。
彼がいたであろう場所に目を向ける。
…いた、短髪の、変な頭の人。
話したいことがあった。
謝りたいことがあった。
伝えたいことがあった。
「日向!!」
約束して結局行けてないゲームセンターのこと。
日向を傷つけていたこと。
確かに愛しているということ。
何度もぶつかり、チェーンソーやつるはしで殴られた。
いたい。
でもそれ以上に日向に会いたかった。
「ひな……」
手を伸ばした。
日向ーーーーーーー……
「……あれ?」
おかしいな。
見間違えるわけないはずなのに。
手を伸ばした先にいたのは、日向でもなんでもない。
ただの男子生徒。
痛い。
地面に叩きつけられる。
あぁ、袋叩きってこう言うことなんだ。
複数の生徒にバットやナイフで全身を傷つけられながらも、ぼやっと噴水のそばに目をやる。
そこには、幼いときの日向が泣いていた。
うつむいて泣いている。
あの頃のように体の大きな子達に取り囲まれて泣きじゃくっていた。
「日向…」
伸ばしかけた手がナイフと一緒に地面に突き刺さる。
あぁ、泣いてる。
助けてあげないと。
ほんとう、私がいないと駄目なんだから。
「いま……助けて……げ…」
だんだんと世界がフェードアウトしていく。
伝えたかった言葉たちが私の血と一緒に流れて意識と一緒に消えていった。