短編

□愛の鼓動は届かぬ貴女に
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目が覚めたとき、初めてこの目に写ったのは、貴女だった。



















「こら、お父さん。寝てたらお仕事終わらないよ!」






さよさんが分厚い本で博士の後頭部を叩く。
すると、博士は眠たそうな目でそっけなく、





「はは…ああ、頑張る頑張る」







僕は書庫から運んできた書類の山を博士の隣に置くと、一瞬で顔を青くさせた。
まさか自分がこんなにも仕事を溜め込んでいるとは夢にも思っていなかったのだろう。







「キーボくん、お父さんお仕事集中するから休憩しようか」







そう言うと、さよさんは本を机上に放って、僕の手をひいた。



























彼女といると、モーターやエンジンがやけに活発に動く。
それが不具合なのか何なのかはわからない。
いや、もしかしたら、これは、きっと。
あらぬ想像をしては消して、そして目の前のさよさんの背中をじっと見つめる。







僕とは違う背中。

















「さよさんが、羨ましいです」








気づけば、そう漏らしていた。
さよさんは僕の正面で、ポカンとした顔でお茶を注いでいた。
勿論、僕の分は飲めないため用意されていない。







「僕も人間に生まれていたら、きっと、もっと役に立てたのに…」







最後の一滴がポットから滑り落ち、カップに落下した。
カップの中の赤色の液体は、静かに現実を揺らしていた。







「…私は、キーボくんがキーボくんであって、そのままで嬉しいんだけどなぁ」








彼女の分はミルクを少な目に。
博士の分は砂糖とミルク、両方たっぷりと注ぐ。
いつ使うかもわからないデータが僕の中にしっかりとインプットされている。









「…今のまま」












「だって、キーボくんはこの世界でただ一人しかいなくて、世界一誇れるロボットなんだよ」









彼女の温かい手が、僕の頭を優しく撫でる。
僕は博士の最高傑作。
どの機械よりも優れていて素晴らしい。
分かってはいるんです。
もっと威張ってもいいぐらい僕は高性能なロボット。
博士が作ったんだから間違いない。

だけど。










人間だったら、もっと素直に貴女に恋をできたはずなんです。










その言葉をくっと飲み込み、何でもないと笑顔を作る僕は、弱虫なんだろうか。





















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