短編

□涙にキスを、唇に毒を
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ボクらに明日が訪れることを、未来のボクが許さない。


















「あはっ…」








薄暗くて埃っぽい空気が肺を満たしていく。
喉の奥が少しだけざらついた。
お腹の上には優しい体温がまたがっている。







「やっとボクを殺すの?…あはは、素晴らしいよ」








ボクの喉に絡まった指先に、一本、また一本と力が込められていく。
その動作はとてつもなくゆっくりとしていた。
…のは、ボクに余裕があったからか。
それとも彼女に余裕がなかったからか。
まぁ、どっちでもいいけどね。









「……」











ボクの前に現れた希望が、揺れる、歪む。
喉を絞められたときのあの、特有の苦しさはいつまでたってもやって来なかった。
ただ、見下ろす彼女の顔には影が射していて、ボクは絶望感をまぎらわすために、
ボクを殺してくれる予定の彼女の手にそっと触れる。












「ね……、こうするんだよ」













きち、と力が込められる。
今度こそ酸素が断ち切られて、喉の奥から変な声が漏れる。
あぁ、やっとボクは希望のために死ねるんだ!
なんて幸運なんだろうね!

…意識が薄くなりかけたとき、急に手がはなされて思いっきり咳き込む。
顔をあげると、彼女は自分の手を見てから、ボクと目をあわせた。
その瞳は迷いと焦燥で揺らいでいた。












「違うよ、やっぱ、これ」









さよがボクの手を握る。
柔らかな、女性らしい手だ。
母親以外の女の人と手を繋いだのはいつぶりだろう。









「希望のために生きてよ」











その言葉に突き動かされるように、次はボクが彼女にまたがってーーーーーーー……。


















































どのくらいの時間がたったのだろう。
体が痛い。
やっぱり布団なしで寝るのは体によくないみたいだ。
起き上がろうと地面に手をつくと、何か、柔らかいものが手に触れた。
…手だ。
……誰の、手。













「……あはっ、あはは、は…はぁ…」










隣に彼女が横たわっていた。
静かに目をつむって、ボクの隣で眠っている。
自分を殺そうとしたあの子だったものが、そこで殺されている。
首にアザをつくって、転がっている。
笑いが止まらない。
別にボクは嬉しいわけでも楽しいわけでもない。
だってこんなに胸が苦しくて悲しくて、
今だって頭のなかで彼女を何処に隠そうかなんてことを考えている。
どうしちゃったの、ボク。







急に笑いが止まる。
かわりに涙がこぼれた。










「…心配しなくても、大丈夫だよ」









頬をぐちゃぐちゃに濡らしたまま、彼女を抱き抱える。
軽い。
まるで中身がなんにも入っていないみたい。
…は、言い過ぎか。











「希望のために、ボクは殺されるから」











手の中で、毒薬の入った瓶を弄ぶ。
まだ新品で、瓶はつやつやと光っている。














「…いつか、許してね」












彼女を床に下ろし、そっと頭を撫でた。
やっぱり、温度はなかったけど。


























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