ボクの亡骸

□後悔
1ページ/1ページ






「はぁぁぁあぁぁぁあ…」



「あのぅ……大丈夫ですか?」



「や、こりゃダメだろ」



ずっと肉を頬張っている赤音ちゃんと私の頭を撫でてくれているソニアさんが私を懸命に励ましてくれる。
…いや、ソニアさんだけ、か?




「もう本当馬鹿だよ私。……はぁ」



ーついてこないでよ


なんてこと言ってしまったのだろう、と今更ながら後悔する。
前日までずっと文化祭のことを匂わす話をふってきた狛枝くんだ。
楽しみにしていない筈がなかったのだ。
もうこれは完全にアレだ。





「破局かなぁ」




「おっ、終里さんっ!メッ!ですよ!」





ぐさり。
言葉のナイフが私の心臓を抉る。
まぁ、それなりのこと言ってるもんなぁ。




「あは。あはは……」




その時だった。
府抜けた私の後頭部に鈍い痛みが滲む。
振り替えると、千秋ちゃんが私にチョップをかましていた。
いつの間にトイレから戻ってきたのだろう。
少し手が湿っている。





「あのね、今しかないんだよ。時間は一方通行で、待ってくれないの」




静かな目がしっかりと私を捉える。




「だから……ほら」




千秋ちゃんが小さくて華奢な手のひらを差し出す。
だけどとても、力強い。




「行ってこないと」





彼女の手を握り、立ち上がる。
じんわりと柔らかい温もりが伝染してくる。




「綾樫さん、グッドラックですよ!」




「ソニアさん……」




と、次の瞬間、その顔は良い匂いの何かに変わっていた。
茶色くて、僅かに焦げ目がついて甘辛い匂いで……。





「ほら、あーん」





「ん。」





…彼女なりに元気付けてくれようとしているのだろう。
顔につく約3mmほど前につき出された肉を頬張ると同時に、あ、これは花村くんお手製だな、と少し笑む。
さすが、美味しい。






「ありがとう、みんな。行ってくるね」








三人に手をふり、その場を後にした。

























緊急事態だ。
これはヤバい。
あわてて倉庫の中に隠れ、後ろ手で鍵をかける。

着物が崩れた。
あぁ、ちゃんと小泉さんの言いつけを守っていればこんなことにはならなかったのに。
取り敢えずこの状況はまずい。
ここから出られない。
それは狛枝くんにも謝れない、ということになる。
今すぐにでも謝りたいのに、話がしたいのに。






「なんかもう、絶望的だなぁ」






膝小僧に額を擦り付け、目からこぼれるそれを堪えようとする。
が、抵抗するのも虚しく、涙はボタボタと着物の裾を汚していく。
薄暗闇の中で悔しくて下唇を噛む。




















「あぁ、やっぱりボクは幸運なんだ」




鍵が開く音と同時に聞き慣れた声が反響する。
顔をあげると、逆光でよく見えなかったけど、それは確かに狛枝くんだった。




「狛枝くん」




「ごめん」






私が言うよりも先に狛枝くんがそう口にした。






「嫉妬した」






ぽつり、と雨垂れのように狛枝くんの口からゆっくりと言葉が落ちていく。
それは響くことなく地面に染み込んでいった。





「誉められて、素直に喜んでさ、
……どうしてあの場にいたのがボクじゃなくってあの男だったんだろうって」





倉庫の外から愉快な音楽や笑い声が聞こえてくる。
それはたった壁一枚挟んだ先からのモノなのに、どこか遠くのそれに思えた。





「ボク全く君のこと分かれてなかった」





……気づいてたら、抱き締めていた。
そうせずにはいられなかった。




「狛枝くんより、私の方が酷いこと言ったよ」




ー私だけだったんだ



ーついてこないで




大好きだったのに、あのときもそうだったのに、なのに言ってしまった。
喉の奥が火傷したみたいに痛む。





「ごめんなさい」






心の奥からそう吐き出す。
おかげでその声は可愛らしくもなんともなかったし、むしろ裏返ってしゃくり上がって驚くほど滑稽だった。




























「ねぇ、大好きって言って」




お互いに落ち着いてきた頃、狛枝くんがそう言った。
私は彼の腕の中に収まったまま、


「大好き」


と強く抱き締めた。
すると狛枝くんはしばらく黙った後、私の首筋に唇を這わせた。



「ひっ……こ、まえだ、く……」




ぞわりと肌が粟立つ。
気持ちいいような、そうでないような。






「ボクも、大好き」




ちゅ、とリップ音をたてて、ようやく唇を離す。
すると、ガラス窓に写った私の首筋には赤い華が咲いていた。







(で、着物どうしようね)



(……倉庫、なんかないか探そうか)





















[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ