ボクの亡骸
□心配事
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「入院、ねぇ」
今朝がた担任教師から告げられた「綾樫さよは入院しました」という言葉。
病院も病名も教えてくれないなんて、怪しくないか?
昨日さよに教えた宿題のプリントには大量の数式が並んでいる。
わざわざ彼女に教えるためだけに分かりやすく書き直した数字の羅列。
ボクはまだ、彼女の空いた席を見つめている。
彼女が、さよが、見たい。
「ふぅん、結構この学校、警備甘いんだね」
深夜、予め開けておいた窓から職員室の生徒資料室に侵入し、第77期生について纏められたファイルを手に取る。
そしてまさかとは思ったが、ビンゴ。
大当たりだ。
さすがボクはついている。
《綾樫さよ》のページを捲ると、出生地から家族構成、生い立ちの詳細まで事細かに書かれていた。
家族構成は、うん、やっぱり彼女から聞いていた通り、母親は既に亡くなっていてーーー…
「これ……って?」
綾樫 義直。
その名前の下に、元超高校級の研究者、と書かれていた。
気になったのはそれじゃない。
そこに貼り付けられた桃色の付箋。
鉛筆で乱雑に何かが書かれている。
暗闇の中で目を細め、一文字ずつ解読していく。
「カム…クライ、ズ……ル…プロジェク、ト?」
カムクライズル、と言えばこの学校の創始者だ。
確か、あらゆる才能を持った才人だとか、なんかで…。
「巻き込まれた…?」
このカムクライズルプロジェクトという文字と、元超高校級の研究者である父。
よく彼女の家のポストに入っていた謎の封筒。
「……さよ」
付箋を剥がすと、ボクは誰にも見つからないうちに、その場を立ち去った。
そもそも彼女の実家は何処にも載っていなくて、彼女の寮の部屋を探るしか手は無かった。
だからこれは、仕方のないことなのだ。
そう自分に言い聞かせ、玄関先で一応謝ってから室内へ入る。
脱ぎっぱなしのパジャマ、シンクの隅に追いやられた生ゴミの袋。
まるで今さっきまでここで彼女が息をしていたかのような生活感が部屋中に転がっていた。
視界の端にゴミ箱が映る。
その中に、どこかで見たことのある封筒が押し込まれていた。
それを拾い上げ、丁寧にシワを伸ばすと、やっぱりそこには彼女の父親の名前があった。
《カムクライズルプロジェクトを成功させるために、どうか父さんに力を貸してくれないか?》
《神座出流の血がより濃く流れているお前のデータがどうしても必要なんだ》
《お願いだ、どうか》
《私に殺されてくれないか》
バサッ
ありったけの力で手紙を地面に叩きつける。
「なんなんだ、これ」
喉の奥から無理やり絞り出した声はひどく掠れてしまっていた。
だけど、今のボクに心配してくれるような人間はいない。
いたわってくれる人間も。
大好きだ、愛してるとキスをしてくれる人間も。
「これって、不運?」
「それとも、絶望?」
「わけがわからないよ」
室内でただ一人、そうぼやいた。