ボクの亡骸

□白衣
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正面玄関から入ってすぐ左に受付があり、そこの女性に

「ちょっと、君」

と呼び止められた。
流石に受け付けも通さず中へ……というわけにはいかないようだ。
長く深いため息をつくと、受付の女性のもとへ歩みよる。



「御用件は」



マニュアルの言葉が機械的な標準語で放たれる。
希望以外に興味なんてないし、ぶっちゃけ無視して強行突破してもよかった。
だけど、改めて言うがここはさよの実家である。
下手な真似をするわけにはいかない。



「友人のお見舞いに」



ぴたり。
女性の手が一瞬止まる。
それから真剣な面持ちで、お名前は、と問うた。



「狛枝です。狛枝凪斗」



女性は立ち上がるとなにも言わず、此方へと言わんばかりに手のひらをエレベーターの方へ向けた。
その先に何があるかはなんとなく分かっていたから、あえてなにも言わず素直に彼女の後を歩いた。







連れてこられたのはここの最上階、15階。
エレベーターから下を見下ろすと、地上へ吸い込まれていきそうになる。
女性はエレベーターをおりてすぐのとこに立っていた警備員らしき男と二言三言交わすと、
ボクに軽く会釈しエレベーターで下へ去っていった。
がたいのいいおじさんと二人きりになる。



「あは、こんにちは」



「……こっちだ」



無愛想にそう言ってすぐ目の前にあるドアにカードキーを押し付ける。
数秒たったあと、短い機械音が二回なって、ドアが開いた。



「入れ」




警備員の顔を見上げる。
だが彼はボクに目も向けず、ただじっと前を見据えて立っている。
何を言っても無駄だろう。
だけどまぁ少しの間だけ案内してくれたし「ありがとう」は言っておいた。




ドアを潜って、5mほど歩いた先に、またドアがあった。
だけど今回はキーは必要ないらしく、すんなり開いてくれる。
先程の近代的な雰囲気ではなく、木製の、暖かみのある代物だ。
そして、その向こうには会いたくてたまらなかった彼女がいた。






カラフルなコードと機械に繋がれた、彼女が。







その姿を目にしたとたん、腰から下の力が抜け、尻餅をつく。
さよは真っ白なベッドの上で横たわっていて、しっかりとまぶたを閉じていた。
あぁ、まただ。
ざらついたシャーベットが背中の底から這い上がってくるこの感じ。
そう、絶望。




「……これは、ボクが君に出会ったから訪れた絶望なのかな」



唇の端がひきつって、うまく笑えない。
心臓が五月蝿い。
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れだまれ……



「きみ、自分を傷つけるのはやめた方が良いのではないかね」



右腕が何者かに捕まれる。
……どうやらボクは無意識のうちに自分の胸を殴っていたらしい。
そろり、とその人物を見上げる。



「そういえば紹介が遅れたね」



痩せた、というより窶れた体の男性は、白衣のポケットから骨ばった手を出し、ボクに差し出した。
この男性を、ボクは知っている。




「綾樫義直だ。君は狛枝くんであっているかな」





さよの父親、手紙の差出人の、張本人だ。






















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