ボクの亡骸

□幸運と不運
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彼ー……綾樫義直はボクをベッド脇の椅子に座らせ、テーブルに置いてあったティーポットから温かい紅茶を注ぐ。
渋味のある香り。
ダージリンだ。



「彼女のおかげで私の仕事は成功したよ」



唐突にしわしわな唇を開いた。
彼女はきっと母親に似ているのだろう。
そう思わずにはいられないほど、目の前の彼の目は濁りきっていた。
ボクは紅茶をテーブルに置くと、なにも言わずたださよの横顔を見つめる。



「仕事って、なんの、ですか」



「醜い欲望のための完璧な希望作りさ」



ズ。
彼は紅茶を啜ると虚空と目をあわせ、薄い唇を引き伸ばした。




「彼女は神座出流の家系の……あぁ、直系にあたる子なんだよ」



知っている。
なんて言ったら話がややこしくなるだろうから、きつく唇を結んだ。




「いいデータが録れたよ。彼女の脳はやはり神座出流の遺伝子を受け継いでーーーー…」




かしゃん。
カラカラカラ…。


ポットが中身を床にぶちまける。
蓋が音を立てるのをやめたとほぼ同時に静寂が部屋に踏み込んできた。



「あなたが、希望だった人?まさかそんなわけないですよね」



「おやおや……君はひどく希望を敬愛しているという話だったから喜ぶと思ったのだが……」




それは悪いことをした。
そう言うと、ポケットからボタンを取りだし、女性を数人呼び出した。




「紅茶は片付けておこう。それから帰りに受付でカードキーをもらうといい。
まぁ何もないがゆっくりしていきたまえ」



彼の言うデータ採取に成功したことが嬉しかったのか、高らかな笑い声を残して部屋から姿を消した。
しばらくすると、掃除を終えた女性たちも部屋から立ち去っていく。
そこにはただ、元通りのきれいな空間と彼女がいるだけだ。




「君と再会できた。だけど君とは言葉を交わすことすら叶わない」





ポケットの中にある渡せなかったままのクリスマスプレゼントを、壊れてしまうのではないかというほど握りしめる。
痛覚の代わりにボクを痛め付けるのは、まぎれもない、恋心というやつだ。





「ねぇ、教えて。これって幸運、なんだよね」





彼女の胸に額を押し付ける。
とくん、とくん、とくん…
彼女は生きている。
だけど、こんなにも心が、遠い。









知らないうちにボクは君なしじゃ立てなくなっていたらしい。





「幸運って、なんなんだろうね」




誰にも聞こえない声でそっと呟いた。


自己否定。



















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