ボクの亡骸

□赤と緑
1ページ/1ページ









あれから1週間がたとうとしている。
今日もなかなかいい天気で、雀の鳴き声が清々しい。



「おはよう、さよ」



これもいつもの日課。
返事も意識もないけど、まぁなんていうか、自己満足と言うやつだ。
登校前に彼女のもとへ行き、花を変えて、朝御飯を一緒に食べて、それから学校へ行く。
ポットから熱々の紅茶を二人ぶん注ぎ、パンも二人ぶん。
…悲しいことにすべてボクがたいらげるはめになるんだけどね。


「そうそう、明日雪ってさ。洗濯物が乾かないね」


パンをむしり、なんとなく彼女の口にくっつけてみる。
…ま、食べるわけないか。
そのまま自分の口に放り込む。
ほんのりと甘い味がする。
それからバターのほどよいしょっぱさ。
やっぱり朝はパンに限る。


「……?」


手に何かが触れて、目を向ける。
こんなとこに物置いたっけ。


「んぁ〜」


「ねこ」


灰と黒の入り交じった猫がボクの顔を不思議そうにのぞきこんでいた。
ボクは犬派なんだけど、ぶっちゃけ言うと猫もそこそこに好き。


「こら、そこはダメだよ」


ベッドからねこを持ち上げ、膝にのせる。
まだ小さいから子供だろうな。
というかボクについてきたのかな。


と、そのときだった。


「んぁ〜」


ねこの鳴き声が室内に響く。
ボクの手が止まる。


「…う」


小さな声と一緒に、今まで眠りっぱなしだった彼女がうっすらと瞼を開ける。
赤い瞳が覗く。


「んぁ〜」


ねこがぴょん、とボクのもとから離れていって彼女の体の上に飛び乗る。
ボクも彼女のもとへ駆け寄り、手を握る。


「さよ、ねぇ、聞こえる?」



必死に呼び続けると、ゆっくりと顔がボクの方を向く。
だけど相変わらず何も喋らない。
それでも、良かった。




「おはよう」



朝日にキラキラ輝く彼女の髪がすきま風で乱れる。
そっと、彼女の頬に触れる。
なんとなく、彼女が笑った気がした。










そこから彼女はどんどん回復していった。
それこそ普通の人間ではありえないレベルで感覚が戻っていく。
意識が戻って、触覚、聴覚、嗅覚、味覚…。
最後は視覚だけだった。
視覚だけはなぜか回復が遅い。
そのうえ、無理矢理脳をいじったせいか、言葉もままならない。


「ん〜…」


ぼーっとしていると、ベッドの方からさよのうなり声が聞こえてきた。
見れば、ボクが最近あげたリボンで蝶々結びの練習をしていた。
彼女は脳を弄られても不器用なままらしい。
まぁ、目、あんまり見えてないみたいだからできた方が凄いんだけど。
しばらくリボンと葛藤したあと、さよはボクに助けを求めるように手を握った。


「こまえだ〜…」


「ほら、手出して」


ボクはさよの華奢な手をとると、改めて蝶々結びのやり方を説明した。
ここに来て、さよと過ごして初めて分かったことだけど、
さよはボクが思っていた以上にキラキラフリフリ、まさに女の子って感じのものが好きらしい。
二人でいたときは知らなかったから、まぁ、結果オーライだろうか。



「ほら」


きゅ、とリボンを結ぶ。
するとさよは嬉しそうにニコニコ笑って、もう一度結びはじめる。


…もし、もしもさよがこのままだったら。
出来れば、というよりも、ボクは彼女に生きてほしい。
だからこそ、不安になって……。


「ん」

「え」



さよがボクの目の前に赤い紐を差し出す。
…ボクがあげた赤いリボン。


「飽きちゃったの?」


紐を受け取り、そう問う。
すると、さよはブンブンといきおいよく首を左右にふり、ボクの手を撫でた。


「こまえだ、かなしい?」


そっと頬に触れてみる。
あぁ、成る程。
自分でもわかるくらい表情が硬直している。



「かなしく、ないよ」


そう言って彼女はボクを抱き締める。
温かい。
自分が与えられるのではない、与える側のぬくもりがそこに存在していた。


「大丈夫大丈夫。よしよし」


「ん」


彼女の目を包帯の上から優しくなぞる。
目、早くよくなるよう七夕に祈っとくんだった。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ