ボクの亡骸

□平和な病室
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「狛枝さんが来るようになってからさよちゃん、どんどん良くなっていくんですよ」




と、受付のお姉さんが機嫌良さそうに笑うもんだから



「ボクなんかのおかげじゃありませんよ」



と、うっすら笑みを浮かべた。
そう、ボクは希望になりえない。
あくまでも踏み台。
彼らが希望に向かって羽ばたくための踏み台なんだ。


そう、踏み台。


踏み台なんだ。





















「さよちゃん、これ見える?」



「ん、んん〜…」



どうやら定期検査の途中らしい。
女医さんが壁に棒を押しあてて、その先端をさよがじっと見つめている。
視力検査。
まぁ以前と比べたら良くなっているはずだ。
検査の邪魔にならないよう開けかけたドアを閉じた。


と、思った。



「入ってきてもいいのよ」



女医さんがクスクスと笑いながら手をふる。
さよは暫くボクの方を見つめたあと、



「こまえだ!!」



そう言ってボクの胸に飛び込んできた。
そのおかげでボクの荷物は床に散らばり、さよのために買ってきた新しいタオルも鞄の下じきになってしまう。



「こら、あなたはまだ駄目よ。終わってからね」



「んぁぅ!?」



さよが女医さんの手によってボクからひっぺがされ、さよは不満そうに唇を尖らせた。
可愛いけど、今は我慢。
さよのそばにある椅子に腰掛け、読みかけの小説を開いた。



ようやく終わった、と時計を見たら、あれからかれこれ2時間がたっていた。
青かった空も茜色に染まりつつあることが、天窓から見てとれた。


「ん」


さよがボクの左手を握り、指先をまじまじと見つめる。
左手の小指には今日の体育で擦りむいた跡があった。
まだ少し水は染みて痛いけど、我慢できないほどではない。



「さよ?」



ボクが彼女の名を呼んだのとほぼ同時だった。


ぱくっ


「!?」



さよがボクの小指を口に含んだ。
柔らかい唇に優しく挟まれ、舌で傷口を丹念に舐められる。


「さよ…!?き、汚いから、放して!」


半ば叫ぶようにそう言うと、さよは心配そうにボクを見上げた。



「こまえだ、いたいの?ここいたい?」



どうやら彼女の思考回路は非常に単純明快なものへと変わり果ててしまったらしく、
“怪我をすること”と“痛い”ことがイコールで繋がれていると考えたらしい。
あながち外れではないが、まさかあんな行動に出るとは…。



「痛くないよ」



出来る限りの笑顔を向け、頭を撫でてやるとさよは幸せそうに目を細めた。







女医さんがまだ部屋にいるということに気づくまであと5秒。























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