全てを敵にまわしてさえも、守りたい
□転生後01
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とても懐かしい夢を見た。薄っすらと涙の跡が頬に張り付いて、気持ちが悪い。
一人のまだ十五歳ぐらいであろう少女は涙の跡を消す為に、そっと音を立てないように立ち上がる。ゆっくりと気を付けて歩くのは、所々床が抜けていたり、軋む音がするからだ。
別に音を立てて歩いてもいいのだが、少女は音を立てて起きてしまう人物を相手するのを面倒くさいと思っていたため、その人物が起きないようにするためにゆっくりと歩いていた。
少女が纏っているのは一枚の古びたワンピースのみ。今は蛍タンポポが舞う春だがこの姿だと暖かくなってくる季節だがまだ肌寒い。しかもここは家は家だが至るところ壊れているので隙間風が相当酷い状態だ。
「……っ」
水を汲んで、その水面を覗き込む。水面に覗く顔はまさしく。
「人間だ……」
少女の名はリリアという。今から数百年前に滅んだといわれるエルフだった一人だ。
リリアは産まれながらエルフとして過ごしてきた日々を鮮明に覚えていた。転生というものなのだろうか。エルフ時代の記憶を持つのに体は人間へとなっていた。
だが、人間へとなっていても魔力はその辺にいる人間よりもかなり多い魔力を持って産まれてきている。その所為で、母親であろう人物はその魔力を持つリリアをお腹の中で育てる内に限界が来てしまい、リリアが産まれるのと同時に命を引き取ってしまった。
リリアの両親であろう人物は互いに両思いでとても互いを大切にしていたことはこの村のみんなが知っており、呆れられるほどだった。子供が出来た時も涙を流して喜んだとされる。だが子供を授かってから日に日に体力が落ち、元気がなくなり、病気がちになり、床に伏せるようになった母親はまるで魔力を、気力を吸われているようだった。
魔力の量が多すぎて体が持ち堪えられず、それに合わせて魔力を奪われていたのだ。まるで宿り木を食い殺そうとしているみたいに。
リリアを産むが、母親は命を引き取り、父親は悲しみにくれる。母親が最後の力で産んだリリアを守るのではなく、リリアを愛おしい人を殺した悪魔と殺意を向けた。
本当に小さい頃から暴言や暴力を振るわれるリリアだが、精神年齢はエルフの時のままなので特に何とも思ったことはない。ただ大切な人を殺された人はやっぱり復讐をしようとするものだということを考えていた。
リリアは特に両親と言われる存在の人物から、いくら暴力を振るわれてもリリアはやり返すことはしなかった。それはただリリアが弱いからとかそういうことはでない。リリアはただ、自身が殺したであろう彼の大切な人の復讐を許しているだけだ。
「でも……そろそろだね」
産まれた時から持っていたエルフ時代と同じ盾魔法を自身にかける。この魔法で体に受ける傷や痛みは全くないのである。そのため、いくら暴力を振るわれようとリリアには問題なかったのだ。
だが、暴力を振るう父親という人物は傷一つ付かないリリアを更に悪魔だと言うのだ。
そろそろだろうか。起きて相手にするのが面倒くさい人物である父親が起きてくるのは。
そっとリリアは床が軋む音がする方を振り返った。
「おはようございます、お父さん」
「……っ! お前を子供だと思ったことは一度もない!」
「ええ、奇遇ですね。私も貴方のことを一度も父親だと思ったことはないです。だけど今の私にとったら貴方が父親であることは違いないですし……」
悪魔だ、悪魔の子だ!そう叫び散らす父親らしき人物にリリアはふぅと息を吐いた。
そんな態度のリリアが気に入らなかったのか、その辺にあったモノを投げる。避けることはしないリリアはモノに当たるが、盾魔法の効果で傷一つ、痛みさえも感じない。逆に投げられたモノが跡形もなく壊れてしまった。
リリアの盾魔法は守る魔法だ。あらゆるものから守る魔法。過去には盾魔法を使い攻撃出来たこともあるらしいのだが、リリアはエルフ時代から攻撃魔法は使えず守るための魔法しか使えなかった。
だが、盾魔法は時には守る対象のモノに害を成す場合、その害を成すモノを壊すことが出来るのだった。
「じゃあ、お父さん。私はちょっと出かけてくるね」
跡形もなく壊れたモノを一瞬だけ視界に映すが、リリアは特に気にすることはない。さっきまでの話し方と違い、砕けた話し方で父親らしき人物に言葉を紡ぐ。どうせ聞いてないだろうけども、一応言ってるだけだ。
家から外へ出て、村を見渡す。人々はいつも通りに畑仕事や、子供達は大人の手伝いをする子や、遊ぶ子など様々だ。
だが、一番浮足立っているのは今年で十五歳になる人達だ。なにせ今日は近くの魔導書塔で今年齢十五になる者を集め、魔導書の授与式が行われるからだ。
その内の一人であるリリアも例外ではなく、魔導書を貰うべく塔へと歩みを進めた。
「なんだろう……この感じは」
魔導書の授与式があるから村の人達もそわそわしているだけだと最初は思ったが、それ以外の何かがあるそんな気がしてならなかった。
この村は恵外界にあるため、魔力を多いものはいないはずだとリリアはふと考える。だが、近くから莫大な魔力を感じ、それが同時に懐かしいと感じてしまった。
その懐かしさは魔導書授与が行われている中、ずっと感じていた。いや、更に近くに何かを感じていた。
魔導書がリリアの手に収まる。手にある魔導書はエルフ時代の魔導書で、それを見たリリアの頬をスッと涙が一筋流れ落ちた。
「おかえり」
誰かが魔導書を手に塔の外へと続く扉を開ける。その瞬間に塔の中に突き刺さるほどの魔力が外から入り込んだ。
咄嗟にリリアは盾魔法を発動し、自身を守る。
その一瞬のことだった。さっきまで魔導書を手に取り、喜んでいた人達は床に倒れ、血を流している。
だが、それよりもリリアは気になることがあった。この一瞬でここにいるリリア以外の全員を亡き者にするほどの魔力。その魔力の懐かしさは、持ち主は覚えている。
リリアは床に倒れる人々を見向きもせず、塔の外へ駆け出す。開きっぱなしの扉の外へと。
「あれ? あれを食らってまだ生き残っている人がいたもんだね〜」
「……ぁ、っ」
塔の外には一人の男性が立っており、その人物を見た瞬間に言いようもない感情が溢れ出し、抑えきれないほどの高ぶりを見せる。自然に流れてくる涙を止めることは出来ず、ただリリアは涙を流しながらその場に立っていた。
一人の男性はリリアを視線に捉えると目を見開き、震えた唇でその名を紡ぐ。
「……リリア?」
その声にその顔、髪の色は違うはリリアは見間違うはずがなかった。名を震える声で呼ぶ男性こそは、リリアが会いたくて会いたくて仕方なかった人物だ。
「らいあ……ライアさんっ!」
未だに止まることのない涙が地面を濡らす。その涙だと救うように身体全体がぬくもりに包まれた。
この十五年で忘れかけていた温かなぬくもりはゆっくりとリリアの心を溶かす。子供のように泣きじゃくり、ただライアの名前を何回も何十回も何百回も呼び続ける。その度にライアは「ここにいるよ、ウチはもうリリアの側を離れないからね」とそう優しく抱き締めながら言葉を紡いだ。
この十五年間ずっと一人だと思っていた。ずっと一人でこれから先も生きていくことになるのだと思っていた。今の私の父親らしき人に暴力を振るわれても、私が彼の大切な人を奪ったから復讐されるのは当たり前で、私もただそれを許していた。
魔導書を手に入れたらあの家を出て行こうとは思ってはいたが、それだけのことだった。他に何をしようとも、エルフのみんなを殺した人間は憎いが復讐しようとは思ってなかった。
だって私は一人になってしまっていたからとずっと思っていた。
でも、本当は違ったのだとそう感じた。
私は一人ではなかったと。
そっとリリアは涙を流しながら、嬉しそうに微笑んだ。