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□9月
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8月に海外交流委員会でドイツへ行ってきた。
姉妹校研修旅行とか言って1週間あっちに行ってきたんやけど、そのレポートを書いて提出しろってお達しが生徒会からきた。

別にあっちでかわええ女の子達と交流してきただけやし書くことなんて何もないんやけどな。

これも成績に反映されるとか脅されたら適当に書くしかないけど。
やから今、あることないこと適当にまとめながらサロンで書いとるわけや。

「ほんまにそんな事したん?」

書いとるレポートを覗き込みながら隣で勝手に添削してくれてる子がおるけどな。

「自分らが出せ言うから書いとるんやで?こっちやって書くことないっちゅーねん」

昨日電話で長話しをした謙也の口癖が出るくらいゆるいツッコミを入れると、鼻で笑われた。
今日はこのレポート書くのにソファ席やとか書かれへんから珍しくテーブル席にいる。
四角いテーブルの90度隣でさっきから俺の書くレポートにちょいちょい指示を出してくるさとみ。お互い目線はレポートに向けたまま話し続ける。

「こっちもこの忙しい時にいきなりせんせに、添削して発表の場作るようにって言われたんやけど」
「そらご愁傷さま」

頬杖ついて紅茶の入ったカップ片手に「せんせもいい仕事くれはるわぁ」ってため息つきながら嫌味を呟くさとみを無視して黙々と書き続ける。

「そこ、もうちょっと話膨らませて書いてな」
「はいはい」

どうせ適当に書いてもさとみと跡部が添削して直されるんやから、今はさとみの言うことを素直に聞いたろか。
言われた箇所を消してまたペンを走らせる。
それからしばらく何の指示もなく俺の書き上げるレポートを目で追いながら眺めていた。
不意にさとみが片腕を枕に机に突っ伏してきた。

「さとみ、寝たらあかんで」
「文章目で追ってたら眠なってきた」

俺を下から覗くような視線になったさとみを見ると、もう瞼が閉じそうになっとった。

「生徒会書記の華舟さんがこんなとこで寝たらあかんって」

おーい、と肩を揺すって何とか寝かさないようにしてはいるが眠いところを無理矢理起こしているからか若干機嫌が悪くなってきた。生徒の手本になるはずの生徒会がこんなとこで寝てたら笑われる。

それに寝たら最後や。学校で寝られた時の対象なんて知らんからな俺。

「ぅん」
「もういいから戻りぃや。出来たら持ってくわ」

うんと頷いてだるそうに立ち上がるととぼとぼ出て行った。

あいつ跡部のティーセット持ってかんでええんか。まぁどうでもいいけど。
…あっ戻ってきた。
律儀やなぁ。足元大丈夫か?落とすなや。



17時30分。やっと終わった。
サロンのお兄さんもさっきからこっちチラチラ気にしてはよ閉めたさそうにしてたからプレッシャーやったわ。背もたれに寄りかかり背筋を伸ばすとパキパキ骨がなった。
一応返却口へ持って行くとき謝っといたら、気にせんでええって爽やかな笑顔で返された。
この人もさとみの事気になってるやろな。だからさとみと仲ええ俺を邪険に扱えんのかもしれへん。さとみ様々や。

そんな事考えてる間に生徒会室に着いた。
俺の目がおかしなければさとみがソファに寝てないはずやけど、ん〜おかしいんかな?

がっつり寝てるやん。

それを囲うように生徒会の子らも集まってるし。
そこへ跡部が面倒くさそうに肩に手を置いて起こそうとしていた。


「跡部、やめろ」

勢いよく扉を開けて俺にしては珍しく声を上げてしまった。

「なんだお前まだいたのか」

よう言うわ。自分らが出せ言うたレポートをこの時間まで書いてやったんになんでそんな態度とられなあかんねん。

「ええから肩の手ぇどけろ」

生徒会室に入って寝ているさとみに近付くと他の子らは俺を通すように退いてくれた。
跡部だけは退かずに命令するなと言いたげに見てきた。

「さとみを無理矢理起こしたらあかん」

面倒くさいけど一から説明したろか。
さとみが寝起きが最悪に悪い事。せやから毎朝起きなあかん30分前にもう1個目覚ましをかけてる事。一度機嫌を損ねたら面倒くさい事。
とりあえず「面倒くさい」事を強調して説明した。

「それで俺らはさとみの三ない運動を掲げたんや」

俺らっていうのは俺と謙也な。力説してかっこつけとるように見えるかもしれへんけどかなりアホくさい内容や。
急かさない。怒らない。逆らわない。
ほれ、跡部がくっだらないって顔してるわ。

「あんな、アホくさいと思てるはこっちや。俺らがこれを考えるのにどんだけ苦労したと思てんねん」

この眠り姫はキスでは起きひんと思うで。キスで起きるならその辺の男にさせたら喜んでするやろうけど。

「せやから今から手ぇ出すな」

久しぶりの状況に深呼吸をして落ち着かせる。

いけるかな。もう小学生ぶりちゃうか。鈍ってなければええけど。

ソファの前にいる跡部に約束のレポートを渡して、目の前のさとみに屈み耳元で囁く。

「さとみ?帰ろ。起きれるやんな?」

優しく囁いて刺激しないように。
今までのどの彼女にもしたことがないくらい甘く低い声で。
ん。と短く声を出して睫毛を揺らす。

「さとみ。ほら帰ろ。手ぇ出し」

薄ら目を開けて俺を確認すると手ぇ出してきた。それを掴んで背中にも手を添えて起き上がらせることに成功。
ソファに座らせると目の前に跪いて顔を覗き込む。あかん、また目ぇ閉じる気や。掴んだ手をそのままにまた寝ぇへんよう話しかける。

「さとみ?立てるやんな?」

周りの子らはさとみのこんな状態にどう思ってるんやろ。
らしくない姿にドン引きされてないか?

「すまん。自分さとみの鞄取ってくれへん?」

振り返って近場にいた女の子に頼むと急いで用意してくれたそれを自分の鞄と一緒に肩にかける。

「おおきに。さとみ?」

頼むから立ってくれ。と願いが叶ったのか、ため息つきながら握った手に力を思っきり入れて立ち上がった。
面倒くさそうな顔しなや。

「眠い」
「眠いやんなぁ。もうちょい頑張ろな」

怒ったらあかん。って呪文のように何回も唱える。ほんま優しくて理解のある幼馴染みで良かったな。

「ほな、帰るわ」

跡部他生徒会の子らにそう告げて出てきた。
意外に跡部が何も言わず素直にさとみを帰した事に驚いた。
ふらふらするさとみの手をしっかり握って引っ張っていく。

「なんか久しぶりや侑士と手ぇ繋ぐの」
「せやな」

寝ぼけてるんかぽあぽあした顔で笑ってるわ。少し起きてきたんかな。
握った手をギュッと握り返してきた。

「謙也どこいったん?いーひんな」
「謙也はおらへんよ。あいつは大阪や」

ダメや全然起きてへんわ。もう普通の会話が成り立たへん。今日謙也に愚痴ったろ。
このやり取りの間も周りからは女の子の悲鳴や男共の落胆の声が聞こえてくる。
弓道部の後輩ちゃんもこっちごっつ睨んどるけど今は相手してる場合ちゃう。

それから手繋いだままいつもの電車に乗ったら、見知った乗客についに付き合い始めたんかって目で見られて困った。付き合うだなんて想像できへんこと言うなや。
眠らせないようにわざと立って乗せたらつり革に掴まるのもままならんのか、俺の制服の裾を握りしめて踏ん張ってた。なんや可愛ええな。

「次やで。一人で帰れるやんな?」
「大丈夫。ありがとう」

目ぇ冷めてきたかな。目も虚ろやなくなってるし、口調もしっかりしてきた。
駅に着きホームへ降りたさとみはドアが閉まるとこっちを振り向いて微笑みながら手を振ってきた。口パクで「ごめんね」って言いながら。




それに「アホ」って返してやった。



 

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