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□2年 12月 誕生日
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「お先に失礼します」

何人もの部員がその決まった挨拶をして帰っていく中、さとみは珍しくボーっと自分の生けた花を見ていた。

しばらくして、審判席前にキレイに飾られたそれに何やら手を加え始めると、優しく笑みを浮かべた。
やはり花と触れ合っている姿はとても絵になっていて、先程から皆彼女へ挨拶をするのを躊躇っていた。
少し離れた所からその光景を眺めていると、彼女の薄いピンク色の唇から白い息が漏れて寒さが伝わってくる。

「あっそうだ…」

聞こえないように呟いて、弓道場を出てお目当ての彼の元へ急いだ。
ありきたりなものかもしれないけど…でも同じ女子受けは良いはずだ。

「忍足君いる?」

正レギュラーしか使えないという部室へ出向くと、ちょうど入口にいた宍戸君へ声をかけた。
彼とは一度同じクラスになったことはあるがそう異性と進んで話すタイプではないらしく、私とも数えるくらいしか会話をしたことが無かった。正直私の事すら覚えてないと言われても不思議ではない。
舌打ちでもしそうな顔で「待ってろ」とぶっきらぼうに言い残して部室へ消えてしまった。
うちの部より倍はいる他の部員の視線が気になる中、彼の言うとおり待っていると、ちょっと期待をした目をする忍足君が現れた。
多分彼は「欲しい物がみつかったのか」と言いたいのを必死に隠している。
だって彼氏なのに彼女の、それも長年幼馴染みとして一緒にいたさとみの欲しい物がわからないという屈辱的な悩みを抱えているのだから。
跡部君辺りが聞いたら、けちょんけちょんに言われそう。

「あかねちゃんどないしたん?」なんて何食わぬ顔で聞いてくるのは奥にいる他の部員の子にバレたくないから。
「ちょっといい?」と仕方がなく部室から離れた所へ呼び出してあげた。

「さとみ、唇が荒れるって言ってた。そういえば。じゃあね」
「えっ…ちょ…」

珍しく慌てた表情の彼を見て思わず笑いそうになったけど、我慢して背中を向けて帰ってきた。
もう答えを教えてるようなもんだけど、まぁそこから彼がちゃんと考えてプレゼントを選んであげればいいのではないだろうか。
人にこんなに親切に教えるなんてさとみが相手じゃなかったらやってなかっただろう。

そのまま帰ろうと歩いていると前から菅野が向かってきた。

「高林先輩どうしたんですか?」

おかしな方向から来る私が不思議に思えるのかそう声をかけてきた。

「彼氏?迎えに来てもらいなさいよ。健気だね〜」
「いや・・・こっちが早く終わったから行くだけで・・」

菅野の疑問に答えたらまた彼の評価が落ちてかわいそうだから、質問には答えず適当にからかってごまかした。
可愛い後輩も今じゃ彼氏にお熱で、もっとからかいがいが出て楽しくなっていた。
顔を赤くしてあたふたし始めたこの子を今の内にと、置いて自分はさっさと校門へ向かう。
帰るにはまた弓道場の前を通らないといけなくて、ちょうどさとみが玄関前に立っていた。

「あかね?どうしたの?」

さとみにも怪しまれたけど、本人には絶対言えないからまた適当にはぐらかして帰ってきた。



次の日の11月27日土曜日15時頃。

「あかね、明日空いてる?」

更衣室で着替え中隣から予想外のお誘いがきた事に、何か意味があるのではないかと明日彼と会う約束をキャンセルしようと決めた。

「いいよ。うちくる?」
「ええの?」

だって、力なく佇む親友をほってはおけないから。なんて素直な感想はいえなくて「また夜に連絡するね」と
言って一人で帰ろうとするさとみに、なんとなく何があったか分かってしまった。

「さとみ、今日お泊り会しよ」
「えっ?」

このままこの子を帰してしまったら良くない方向にいってしまいそうで、親友の危機に一肌脱いでやるかと柄にもなく意気込む。

「今日うち、イタリアンの美味しそうなディナー開催中なんだって。一人で行くの嫌だから行こ?」
「いや、でも…」
「ドレスコードは私の服貸すから大丈夫だし、最悪父親に言うから気にしないで。あ、お金の事は言わないでよね。私だってさとみの家に遊びに行ってお金払ってないでしょ?」

考える暇を与えないようにまくし立てて言ってみると、「う、うん。ありがとう」と困ったように笑うさとみの腕にしがみついて「楽しみ〜」っと戯けてみた。

一応うちはホテルを何件かやっていて、今は海外進出も視野に両親が忙しく働いていた。私は都内のホテルのスイートルームを借りて住んでいる。
一人で家に置いていかれるよりずっと楽だ。まぁ弟も同じフロアの部屋に住んでるんだけど。
食事も掃除も洗濯も電話一つでやってくれるこの環境に慣れすぎて、逆に社会に出たときにどうしようか悩んでるくらい。
周りには、一時期日本で話題になったあの姉妹に似ていると揶揄されるけど気にしない。

自宅にさとみを呼んで、丸の内を一望できるレストランで美味しい食事をして、そこよりさらに高い階にあるこの部屋で二人でキングサイズのベッドの上で寝転がっている。

さとみはそのへんに置いといた雑誌をペラペラとめくって眺めていた。
ある一箇所でしばらく止まっていたけれど。

「"浮気をしてセックスまでしてしまった過去がある。40%"。意外に多いんだね」
「っ!?」

見られていないとでも思ったのか、びっくりして固まってしまった。気にせずに再び続きを読み上げた。

ー浮気相手に彼女がいた。60%。
 浮気相手に乗り換えた。10%。
 浮気された事がある。50%ー

この特集はなんなんだ。今流行の不倫だなんだって話題からこんなこと書いてるのか。

"浮気された事がある"って項目でさとみがぎゅっとシーツを握ったのが気になったけど。

安心しなさい。あなたの彼氏はあんたしか見えてないよ。
あのポーカーフェイスがかっこ悪い所を見せて必死こいて、大切な誕生日プレゼントを探してたんだから。
でも、今はそんなネタバレしちゃったら折角の彼の頑張りをムダにしてしまうから言えないけどね。

「何か気になるの?」
「いや、過激な特集やなって思っただけ」

「あかねもこんな大人な雑誌よく見るね」って無理して笑っちゃって。
逆に今、恋を知ってしまったさとみの方が心配。
今までハードルの高かった彼女が付き合い始めた事で、自分も頑張ればいけるんじゃないかって意気込む男もいると思う。
さとみにとって恋という物が身近になってしまった事に彼も少しは悩むといいのに。
今もしなくていい不安を抱えてこうして悩んでしまっているのだから。

とりあえずこの不安要素の一つである私の事を解決させないと。

「この間忍足君に小説借りたんだけどさ――」



 

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