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□かき氷 ka
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かき氷
シャクシャクと軽やかな音を立てて赤い、イチゴシロップをかけたかき氷がスプーンによって崩されてゆく。
暦の上では秋だろうが、まだまだ暑い。
そんなとき涼を人は求める。
「夏祭りでは無性にブルーハワイ味食べたくなるけど、家で食べるんならやっぱイチゴ味だな」
スプーンを行儀悪くふらふらさせながら言うと、頷いたあろまは小さなカップのかき氷に視線をおとした。
「でも、テキヤのかき氷のシロップの味ってぜん種類変わらないんだとさ」
「まじか!じゃーメロンだのレモンだのも?」
「らしい。香料は違うらしいけど匂いと見た目に引きずられてんじゃね?」
第一ブルーハワイ味ってなによ?
もっともな疑問に、確かにね。とけらけら笑う。
「美味しいからいいけどね」
「身も蓋もない」
くつくつと笑いあってかき氷をまた食べ始める。
シャクシャクと氷を崩す音とクーラーの駆動音だけが部屋の生活音だ。
何かするわけでもない。穏やかな時間が好きだ。
会話さえないが、そんな空気が好きだ。
「ねぇあろま口開けて」
「んー?」
カップのなかが粗方空になり、やはり会話もなく好き勝手していると、ふと思い付いて声をかけた。
不思議そうな顔をしたのは一瞬で直ぐにピンときたのか、あろまは楽しげに目を細めて べ、と舌を出す。
「あー残念。あんまり赤くないや」
人工着色料まみれのシロップならば舌の色が変わって笑い話の種になるのだが、自然派がウリの意識高めなかき氷ではそうもならなかったようで、ちぇー。と言いつつ、律儀にまだ出された舌を親指と人差し指で軽く摘まんで指の腹で押さえつける。
びくりと震えた肩を寒いの?と空いてる方の手で撫でて笑う。
「ふぃ……」
舌を押さえつけられて録な発音もできないようだが、言いたいことは理解できている。
聞く気はないが。
肩に置いていた手を体の線に沿って這わせれば、くすぐったいのか震える体に悪戯を更に仕掛ける。
舌を摘まんでいた指を離し僅かに垂れた唾液ごと啜るように口付け、奥に逃げた舌をぐちゃぐちゃと絡めとる。
僅かに甘い味のする口腔内を思う存分堪能し、離れた。
「…今…どこに、んな雰囲気、あったよ……」
まさしく息も絶え絶えの声で凄まれても迫力はないうえ、涙目で睨まれても火に油だ。
(こいつもオッサンなんだけどねぇ。忘れすぎでしょ、男が何にトキメくかをさ)
にやにやと口の端をつり上げれば、ハッとしたように後ずさろうとした細い手首を捕まえる。
「夏の運動ってさ、ダイエットにいいらしいよ?」
「てめえ散々人に太れって言ってるわりに矛盾してんだろ」
いつもの調子で言い返してきたあろまの手をパッと離して肩をすくめた。
「それはそれ、これはこれ」
「都合よすぎて涙出てくる言い分だなおい」
「つーか、雰囲気なんて良いもん、オレ等に今まででもあったっけ?」
そう返せば、眉を寄せたあろまはしばらく考え込み、ないな。と呟いた。
「ムード重視の女の子相手じゃないしねぇ。ヤりたくなったら本能任せでも文句言わないじゃん」
「最低発言!…けど今更んなことされてもキモいな…それに、外面良くて中身最低でもそのきっくんを好きになったの俺だしなぁ。受け入れてる俺も同罪かー」
辛辣なことをさらりと吐いたあろまに苦笑しつつ細い体を抱き込んだ。
「あろまー、愛してるよー」
ふざけ気味に言えば、知ってる。とぶっきらぼうな返答が耳元に吹き込まれた。


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