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□ランタナの夢を見る ka
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人が夢をかなえる瞬間を見るのはうれしい。
それが、常にそばにいる人間のことであればなおのことだ。
片方が高校のころからその夢に近いことを言っていたのを知っているから、何十年か越しに夢を現実にした彼らのことをまぶしく見ている。
しかし己は…とわが身を振り返るも、ほんの子供の頃に抱いた夢も高校の頃のものもとんと思い出せない。
当時は本気だったとしても今思えば、吹けば飛ぶような微かな願いだったのか。それとも今な強烈すぎて忘れてしまったのか。
今のすべてが強烈なのは確かだ。過去が何もかも曖昧になるくらいに。
だから時々恐ろしくなる。
前に進み続ける男が、本来の正しい道に戻りたいと言い出したらどうしよう。と……
今はまだ来ない『もし』にひどく怯えるのだ。
その時が来たらきちんと手放してやれるだろうか。と
みっともなく縋り付くようなことはしたくない。
友人が長年の夢をかなえた。
それ自体はうれしいのに、切り開いた思考の底にあるのは利己的な思いだ。
擦れ垂れるものならとっとと捨ててしまいたい。なのにどれほど忘れようとしてもふとした瞬間に湧き上がる感情。
蓋をし続けられば一番良かった。忘れることができないのであるならば……
そうすれば、今こんな風に本人を目の前に自白しなくて済んだのだ。
「バカだなあ」
柔らかな声音に肩をすくませる。
この声が一番恐ろしい。怒っている声音ではなく、俗にいう愛しさだとか甘さだとかをぐずぐずに煮詰めたような感情がむき出しの声。
考えないときあるの?とよく聞かれる仮初の冷静さというメッキが剥げるスイッチだ。
隠していたい本心が口をつきそうになり、あわてて唇をかみしめる。白状させられた後でこれ以上隠すも何もないが……
「普段は頭の回転早いのにあろま、本当に時々馬鹿になるよね」
「うっせハゲ」
罵倒ともいえぬ罵倒を漏らして顔をそらす。
彼が夢をかなえ続ける限り、いつか必ず現実へ立ち返る。
他者に夢を見せるなら、何よりも現実的でなければならない。
人は決して儚い夢の中では生きられない。
この国において同性の結婚は認められていない。
不確定な繫がりに縋って生き続けてられるほど、人は……自分は強くない。
同性婚が許されている外国に移住などそれこそおとぎ話だ。
「確かにオレたちがオレたちである限り神様の前で永遠の愛なんて誓えない。けど、それは普通の夫婦もそうだろう?不倫やら離婚やら…神様の前での誓いはどこ行ったってね。そう思えば楽じゃない?」
「俺が云々じゃない。お前が現実に立ち返ったとき捨てられるのは俺のほうだろ」
「ねぇあろま」
こっち向いて、とあの恐ろしい声で囁かれ、恐る恐る振り返る。
声にたがわずひどく優しげな表情をしているきっくんににますます身が竦んだ。
「永遠なんてあげられない。十年先どころか一年先の未来もそう。約束はできない。保障どころか未来も確実にはあげられない。けどそれはあろまもだよ。不安なのはお互いだよ」
す…と頬を包むように掌で顔を固定され、目を覗き込まれる。
「あろまが言うとおりに夢をかなえ続けて現実に立ち返るならとっくにオレは現実に帰ってる。まだ別れたいとか思わないなら、これがオレにとっての現実だ」
「……いつが我に返る日が来る」
「来るか来ないかわからない未来に怯えてるってことは信じたいんでしょ」
「……」
信じたい。そうなのだろうか……いや、この男を信じていたいのは偽らざる本心だ。だが……
(やめた)
もうこの件について深く考えるのはやめよう。
この男が笑っていてくれるまで。そばにいてくれるまで、精々自分も努力してみよう。 
彼が、現実に立ち戻ってしまわないように。
この儚い夢を紡ぎ続けよう。それこそ一生をかけて……

ランタナの花言葉……心変わり


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